ブルームバーグでは10月9日、Principles for Responsible Investment (PRI) 議長のマーティン・スキャンケ氏、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)理事長の髙橋則広氏をはじめ、ESG投資に関わる国内外の第一人者をスピーカーにお迎えし、「ESG運用における世界の潮流と日本での取組み」と題したセミナーを開催いたしました。
【 基調講演 1 】PRI 議長 マーティン・スキャンケ 氏
マーティン・スキャンケPRI議長は基調講演で、「責任投資という考え方が進化してきている」とし、最近の傾向として、「害を及ぼすものを避ける」段階から、より広範にわたるインパクトの評価になってきたこと、さらに「『何に投資しないか』から『何に投資するか』に焦点が移ってきた」ことを指摘しました。また、「企業が外部に及ぼす影響を考える段階から、気候変動などの要因から企業自身がどのような影響を受けるかについて考える段階にきている」とも分析しました。
議長はさらに報告書について、「非財務情報という言葉がそもそもおかしい、時間軸の問題であり、すべてが財務情報である」と強調しました。「近視眼的な見方をやめる必要がある。リスクとインパクト、および両者の関係を明らかにすること、ESGリポートを財務報告に統合すること、「今何をやっている」といったプロセス報告から「何を成し遂げたか」という結果報告へシフトする必要性を訴えました。
世界の潮流
パネルディスカッション 1 「グローバルのESG運用トレンド」
今世界のESG運用の潮流はどうなっているのでしょうか。続くパネルディスカッションでは、アムンディ・アセット・マネジメント 最高責任投資責任者スタニスラス・ポティエ氏および金融庁チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー 池田 賢志氏をお迎えして、グローバルの視点から現在のESG運用トレンドについてお話を伺いました。モデレーターはTCFDの事務局長でもあるBloomberg L.P. サステナブルファイナンス グローバルヘッドのカーティス・ラヴァネルが務めました。
池田氏によると、グローバルで比較しても日本のESG投資資産における伸びは著しく、2018年までの4年間で300%増加し、2180米ドルとなっています(欧州、米国に続き第3位)。一方、戦略面ではグローバルで最も多く使われているのがネガティブスクリーニングで、欧州でも米国でも最大となっていますが、日本では比較的まだ少ないようです。逆に日本ではESGインテグレーションが最大で、企業のエンゲージメント、株主のアクションと続きます。
エンゲージメントとESGインテグレーションが大きなドライバーに
積極的な日本の取り組みを象徴するかのように、金融庁は3月チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサーのポストを創設、池田氏は初代オフィサーとして各国規制当局との調整などの任務にあたっています。スチュワードシップコードについてはUKの流れを汲んでいるものですが、日本が重視しているのは「建設的なエンゲージメント」であるとして、対話を通してアセット価値を高めることを目指しており、これが「TCFDコンソーシアムの基盤にもなっている」と述べました。
一方、責任投資分野で10年の歴史を持ち、大手金融機関として初めてESGにコミットしたアムンディのポティエ氏は、「非常にダイナミックな市場」と述べ、エンゲージメントとESGインテグレーションが大きなドライバーになっていると分析しました。また、「すべてのアセットクラスのマネジャーがESGデータを取り込む必要がある」とし、顧客やパートナーと専門性を共有して新しいESG戦略を作って行きたいと述べました。
データの透明性に関して、ラヴァネルは「企業のサステナビリティにおいて米国の投資家が直面する最大の課題は、良いデータの欠如」であると指摘しました。自発的なアプローチが情報公開において使われているため、「良くないところを見せないようにしている」企業もあるとし、「ESG投資を促進するために不可欠なデータがなければ、真に効果的な投資はできない」としています。
タクソノミーについては更なる議論が必要
先ごろ欧州委員会がサステナブル活動の分類基準をまとめた気候変動緩和および気候変動適応のためのEUタクソノミーについて、パネリストから「非拘束的なものを義務にしようとしている」と懸念が出されました。簡単な問題ではなく、報告には透明性が重要としながらも、タクソノミーについては「更なる議論が必要」といった声が目立ちました。
エンゲージメントを
強化
【 基調講演 2: 年金積立金管理運用独立行政法人理事長 髙橋 則広 氏】
次の基調講演では、世界最大の年金基金と言われる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)髙橋則広理事長が登壇。約160兆円に上る年金の積立金を運用するGPIFはPRIに署名しており、資本市場全体に幅広く分散投資し、さらに数世代にわたって投資する立場から、資本市場の持続可能性を高めるためにESGに取り組んでいます。GPIFから運用を受託する金融機関にESGを考慮した投資を求めるほか、ESG指数」を採用したパッシブ運用も開始しています。
指数会社とのエンゲージメントを強化
最近特に力を入れているのは、指数会社とのエンゲージメントの強化です。銘柄選定およびウエイトの決定は指数会社に負うことが多く、運用成果に大きな影響を与えることになるため、指数会社との対話を大切にし、ガバナンスも重視しています。一方、指数会社によるコンサルテーションを評価しており、各機関の問題意識のヒアリング、結果のフィードバックの共有を要請しています。
「経営がESGに取りくむべき」という認識の広がり
髙橋理事長はGPIFのESG指数の運用開始により、投資先企業でのESGに関する意識や議論に変化があったかどうかという意識調査を紹介、1年前の前回調査と比較して、全体として大きな伸びが確認されており、「ESGに経営として取りくむべきという認識が広がった」と述べました。
統合報告書を作成する企業の数も、前回調査時の250社(43%)から292社(51.2%)へ増加して過半数を超えたほか、「機関投資家による活用が進んでいる」とする意見も前回調査の17.5%から39.4%と飛躍的に伸びました。「IR面談時においても言及が増えた」という声もあがっているということです。髙橋氏はまた、「わずか1年のうちに統合報告書と財務報告書を使った対話が増え、しっかりと目を通している機関投資家が増えた」とする企業が大きく伸びたことは画期的と評しました。
非財務情報は財務情報と同等に重視
GPIFとして「経営をどういう方向でやっていくのか」「ESG要素を長期的にどう考えるのか」といった非財務情報は財務情報と同等に重視していると述べ、長期投資家としては、「トップの決意がわかるようにしていただくのがベスト」と経営層への期待を明らかにしました。また『同業他社は入っているのに自社はインデックスにはいってない』という気づきは、良い意味での競争につながる」と歓迎の意を表しました。
運用会社への期待として、アクティブに関しては5年間という複数年契約で実績連動報酬を導入。パッシブ運用に関しても新しいスチュワードシップ時代に対応したエンゲージメントへの期待をにじませました。
今後
パネルディスカッション2 「日本のESG運用の取り組みと今後の展望」
ESG投資における急激な意識変化について、日本の運用担当者はどのように見ているのでしょうか。最後のパネルディスカッション「日本のESG運用の取り組みと今後の展望」では、MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社 総合企画部 部長 兼 財務企画室長 中島 圭一 氏、野村アセットマネジメント株式会社 シニアポートフォリオマネージャー ジェイソン・モーティマー氏、 シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社 運用部 日本株式ファンドマネージャー 豊田 一弘 氏をお迎えして率直な議論を展開していただきました。
日本ではリスク/リターンの定量分析が求められる
まず欧州と日本のESG投資へのアプローチの違いについて、モーティマー氏は、「ヨーロッパではESGは『やるべきこと』であり、リスク・リターンとのつながりはある程度妥協するケースもある。それに対して日本ではアルファがないと広がらないため、日本の投資家に対してはデータでESG投資のベネフィットを実証しないといけない」と述べました。
真の意味での建設的な対話とは
豊田氏はさらに、「議決権行使においても、なぜマネジメント提案に反対か、なぜ株主提案に賛成かという理由を当社では付記して個別開示しているし、そういうことをやらなければ真の意味での建設的な対話にはならないと思っている。また、情報発信やコレクティブエンゲージメントなど、やはり欧州がリードしており、そういう流れは5年、10年で日本に必ずやってくる。何が課題になっているか共有するのが非常に重要」と強調しました。
一方中島氏は、保険会社の立場から、「株式でアクティブに動けないところもあって、ダイベストメントよりエンゲージメントを重視。自社としてもエンゲージメントはやっていくが、GPIFや委託先の運用会社からの取り組みを通して全体の企業価値向上へとつながっていけば。TCFD等情報開示においても重視しているものを伝えて行きたいし、短期的なリターンの変動というより長い目でやっていくことでESGが生きてくる」と述べました。
未来を見据えた目線でESGデータを活用
データやESGスコアの活用について、モーティマー氏は「外部のデータ基準がバラバラな場合もあるため、透明性確保のために自社でESGスコアを作る」としています。さらにESGが改善する銘柄に投資したらアルファゲインにつながったケースや、社内で開発したソブリンESGスコアを利用して年間100BP アウトパフォームした案件など、クレジット分野のESGがアルファにつながった例を紹介しました。
豊田氏は、「ESGデータはいかに今後を読む目線で活用するかが極めて重要」とし、投資には「変化」と「水準」がすべてであり、「変化の兆しをつかめるかどうか」が勝負になると強調しました。「長期投資に資する会社を探す中で重要なのがESG分析であり、その本質はステークホルダーマネジメント。企業によってステークホルダーの重みが違う。株主だけでなく、顧客、従業員、環境、地域社会、取引先、規制当局等に対して適切な関係性を構築しているかどうか。並列的に見るのではなく、ウエイト付けをどのようにするかをプロセスに盛り込むことが鍵。問題は『パイをどう切り分けるか』論に終始するのではなく、パイ自体を今後3年、10年でどこまで大きくできるのか、そのために今、どう切り分けるべきか、適切なバランス構築にマネジメントがどれくらい対策を講じているかといったことを踏まえて適正株価を算出している」として、ダイナミックな視座の重要性を語りました。
エンゲージメントが変わってきた
委託先運用会社に期待する投資先へのエンゲージメントについて中島氏は、「アクティブ運用はアセマネ会社の個性や実力を発揮しやすい取組だと思う。インパクト投資も拡大しつつあり、当社グループとしても積極的に取り組んでいく。グリーンボンド等に限定されることなく、すべてのアセットクラスでインパクトが計測できるようになることを期待している」と述べました。
また他のパネリストからも、「日本でエンゲージメントは最近非常にやりやすくなったと感じる」といった声が相次ぎ、「社外取締役との1対1のミーティングも普通になってきた。エンゲージメントについては少数株主の利益を守るためにはガバナンスが確立されているのが重要で、実効性のある形で機能しているかどうか。意思決定できる人と対話しなければ効果はない」という見解にうなずく参加者の姿も会場で多く見られました。
今後についてモーティマー氏は、「将来的には『ESG投資』という用語もなくなり、ひとつのデータ、ひとつのリスクとしてすべての投資に当然にESG評価が組み込まれるようになるのではないか」と予想しています。中島氏も、「時代に応じたESG要素を早く投資評価に織り込み行動することや地域特性を踏まえたサステナビリティへの取り組みがますます重要になる」と述べたほか、「10年たてばESGやサステナブルということは言わなくなるだろう」と同意しました。
豊田氏も「プライスインされてないものがプライスインされることになるので変化が生まれ、アルファの源泉になる。投資には水準と変化が大事で、変化にこそアルファがある。今当社の日本ではガバナンスが過半数だが、先行している欧州ではEとSに移ってきており、今後日本でもそうなって行く可能性が高い。ESGに関するリスクがより株価にプライスインされている状況が生まれてくるのではないか」と期待しています。
東京オフィスでのESGに関するセミナーは、今年に入ってからもかなりの回数を重ねておりますが、皆さまのご関心は毎回高く、常時100名を超えるお客さまからご登録を頂いております。ブルームバーグでは今後もこのようなセミナーを精力的に展開してまいりますので、どうぞ奮ってご参加ください。