東京証券取引所ホールにおいて2月12日、金融庁・日本取引所グループ(JPX)共催シンポジウム「TCFDを巡る企業と投資家の対話:今後の展望」、そして翌13日 ブルームバーグ東京オフィスにて経済産業省・TCFD共催シンポジウム「企業と投資家の対話―TCFD・シナリオ分析」が開催されました。シンポジウムのために来日したTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース) スペシャルアドバイザーのメアリ・シャピロ、事務局のカーティス・ラベネルの他、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)理事長の髙橋則広氏や国連責任投資原則協会(PRI)理事でありGPIF理事兼CIOも務める水野弘道氏、金融庁国際室長の池田賢志氏、現TCFD日本人メンバー、三菱商事サステナビリティ推進部長の藤村武宏氏、TCFD初期メンバー、東京海上HD事業戦略部参与の長村政明氏、日本版TCFD研究会座長の伊藤邦雄一橋大学特任教授ら専門家が一同に会し、基調講演やパネルディスカッションを通してTCFDの意義や企業と投資家の対話の方向性について活発な議論を交わしました。事業法人・金融機関を中心とする参加者の数は2日間で延べ600人以上、定員を超える応募者の数が関心の高まりをうかがわせるものとなりました。(各日のプログラム、登壇者のプロフィール等は日付のリンクをご参照ください。)
6月のG20を前に、情報開示へ向けたガイダンスを発行
気候関連財務情報開示については、ビジネスや投資の世界においてその必要性が急速に受け入れられつつあります。G20金融安定理事会(FSB)の提案で設置され、当社の創業者であるマイケル・ブルームバーグが議長を務めるTCFDによる最終提言(2017年6月)を受け、今後、これが企業開示のメインストリーム化していく兆候が見られます。今年6月に初めて議長国として大阪でG20サミットを開催する日本では、GPIFと環境省等を始めとする55機関・企業が賛同表明(2月13日現在)しているほか、経済産業省は開⽰を進めるための第⼀歩として、世界に先駆けて80ページに及ぶTCFDガイダンスおよび事例集を発行しました。
求めるのはコミットメントではなく、経営の方向性
開示に際しては、「これからはマネジメントが気候変動を踏まえた経営方針を持っているかどうかが問われるようになる」という声が多くありました。また媒体については、まずは一般的なCSR報告書や統合報告書から段階的に多様化していき、将来は有価証券報告書でも何らかの記載を求められる可能性があるとしています。シンポジウムのなかで金融庁は2019年1月31日付で公布・施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正にも言及、「事業等のリスクについては、顕在化する可能性の程度や時期、リスクの事業へ与える影響の内容、リスクへの対応策の説明を求める」ほか、「不確実性の内容やその変動により経営成績に生じる影響等に関する経営者の認識の記載」を求めていく等の方針を明らかにしました。
TCFD提⾔の趣旨に対する賛同企業/機関数は、大手事業法人や金融機関を中心に世界全体では約600近くまで急速に拡大しており、日本は米国、イギリスに続いて世界第3位となっています。またG20でも、気候変動対策が議題の一つとして取り上げられる見通しで、安倍総理大臣も1月の世界経済フォーラムの年次総会スピーチにおいて気候変動にふれ、TCFDに沿うガイダンス策定を公表、賛同企業・機関はさらに増えると期待されています。(TCFD賛同にご関心のある方はこちらから。)
シナリオ分析には「より正確なデータ」で「まずできることから」
TCFD提言で課題となっている「不確実な将来をとらえたシナリオ分析」については、世界各国の投資家・企業・政府機関に向けて新エネルギーについての情報と分析を提供するブルームバーグNEFの専門のアナリストから、シナリオ分析の考え方について解説がありしました。さまざまなシナリオのどれを選ぶのか、また将来予測では「より正確なデータの把握」が重要であり、さらに「予想結果」の解釈において考慮するべき点や、「国・地域によるリスク」についても掘り下げて解説しました。
BNEFの2050年までの長期エネルギー予測:太陽光と風力が電源の50%を占める
Source: ブルームバーグNEF; IEA
また、経済産業省や環境省のイニシアティブで数社の事業法人が現時点での取り組みを発表、「完璧を目指すよりも、できるところから始める、とにかくひとつでも出してみることが重要」だと強調されました。シナリオ分析の導入に向けた社内部門横断的な論議を開始することが必須であるとし、「マネジメントとのライン」があったのが大きかったとの指摘もありました。両省とも引き続き企業をサポートしてベストプラクティスを積み上げていく方針で、「各企業が気候変動の実態を把握し、世の中の変化とその影響への洞察力・感度を高めることで、様々な変化に対するレジリエンスを高め、それが企業の持続可能性に大きく寄与する」としています。
対話のためのコンソーシアムの設置
今後の動きとしては、4月に経済産業省と金融庁による対話のためのコンソーシアムの設置など、さまざまな施策の展開が予定されています。企業に求められているのは、いかに経営陣を巻き込み、数字では表しにくい気候変動を見据えた長期戦略を開示し、投資家と有効な対話につなげられるかどうかといえそうです。日本の官民を挙げての素早い動きにTCFD事務局からも「非常に注目しており、次のG20議長国であり、優れた環境技術を保有する日本に期待している」とのコメントがありました。
以下講演とディスカッションの内容について、4つのテーマ(公的セクターの動向、企業側の課題と対策、投資家サイドの期待、今後の方向性)別にまとめましたのでぜひご一読ください。
動向
企業と投資家の対話を促進
公的セクターの動きは早く、経済産業省と金融庁は2019年4月にコンソーシアムの立ち上げ、時期未定としつつも「産業界と金融界のトップによる国際会合」の開催を予定しています。産業界と金融業界には、TCFDを活用したより一層スピーディーな対応が求められており、完璧を目指すよりも、「できるところから始めることが重要」であるとしています。
経済産業省:気候変動に関連した情報開示の動向をHPに開設。開⽰を進めるためのガイダンスを2018年12月に公表、提言の4テーマ(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・⽬標)に関連する疑問点の解消等を目指した解説パートと、望ましい戦略の示し方や推奨する開示ポイントや視点を業種ごとに紹介した業種別ガイダンスパートで構成されています。そして気候変動の影響は業種別に傾向が異なることから、今回は特に気候変動の影響が大きいとされる(1)自動車、(2)鉄鋼、(3)化学、(4)電気・電子、(5)エネルギーの5つの業種が取り上げられています。また、2019年2月にはTCFDガイダンス事例集も公表、今後対象業種の拡大や見直しとともに多言語版への展開など、ガイダンスの改定も予定されており、世界的なスタンダードを見据えた取り組みが進んでいます。
金融庁:気候変動が経営にとって重要なリスク・機会であり、投資判断に必要な情報であると認識。2018年のコーポレートガバナンス・コードの改正でESG要素を含めたのに続き、「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正(2020年3月期から適用)では「記述情報の充実」として、リスクの事業へ与える影響の内容、リスクへの対応策の開示を求めています。将来的には有価証券報告書への記載を想定しています。さらに、参考情報としてではありましたが、金融商品取引法にある「記載すべき重要な事項の記載が欠けている有価証券報告書等を提出したときは罰則が課される」という条項にも触れました。
GPIF:世代をまたぐような長期間にわたって運用するため、金融市場自体がサステナブルであることがGPIF自体のパフォーマンスの向上につながるとの認識を明らかにしました。個別企業と直接対話することは制度上難しいものの、運用委託先に対して気候変動を含む重要課題について投資先企業とエンゲージメントを行うことを求めていく方針です。
環境省:フレームワークのなかで特にシナリオ分析を支援しています。2018年7月に支援事業をスタート。12日には対象となった6社のうち、伊藤忠商事株式会社、東急不動産ホールディングスの事例が共有されました。全6社の事例集も近く公表される予定であり、今後もこの取り組みを広げていくとしています。
対策
投資家サイドの要望の高まりや公的セクターの急速な動きに伴い、企業にもTCFDへの対応が求められており、これには社内の理解が必要です。シナリオ分析に様々なビジネスユニットのヘッドなどが参加することで、企業の方向性を見極め、効果的な情報開示につなげることができます。企業が対応を進めるうえで課題となりやすい以下の3点(情報開示、シナリオ分析、社内の理解)について、実務に則した議論が展開されました。
情報開示の現実的なアプローチとは:フレームワークは投資家に適切な企業情報を伝えることを目的としており、「年次財務報告に含める」と表現されています。「年次財務報告」としては、有価証券報告書、アニュアルレポート、統合報告書、サステナビリティレポート、ウェブサイトなどが考えられますが、投資家に向けた情報なので、投資家が必ず閲覧する媒体に重要な部分を掲載し、紙面等の制約がある場合はTCFDのフレームワークに沿ったインデックスのみ開示するのが望ましいという意見がありました。また、有価証券報告書に掲載するには監査基準が必要だが、基準が整うのを待っていては企業の対応が遅れてしまうという懸念があります。そのため、有価証券報告書には特に重要な事象を掲載し、詳細は統合報告書やアニュアルレポートに掲載するのが現実的なアプローチという声があがりました。
シナリオ分析:TCFDのなかでも特に課題とされているのがシナリオ分析です。分析にあたっては自社の今の戦略が、どのような社会変化に、どの程度耐えられるかを明らかにすることが重要です。「不確実性」は前提であり、不確実だからこそ企業はシナリオ分析を実施する必要があるともいえます。13日にはブルームバーグNEFの担当アナリストが、シナリオ分析にはより正確なデータ、そして、予測の結果をどう解釈するかが重要であること、当然のことながら解釈によって結果が変わることを例を挙げて分析、説明しました。
社内の理解をどう取り付けるか:まずはTCFD対応に挑戦することが重要です。例えば、座礁資産になる可能性がある資産をどの程度保有しているか、近年の自然災害の影響によってどれだけコストがかったのか、といったことを算出してみると、それをもとに社内で議論を展開できます。また、「今回のような公的機関の動向を共有できるイベントにIR、CSR、経営企画などに関係する担当者が参加したり、同業他社の動向を共有したりすることも社内の理解を得るきっかけになると」の提案がありました。
パネルディスカッションでは、アセットオーナーや運用機関など様々な投資家の立場からも、TCFD対応にとどまらないESG投資全般への視点も共有され、どのように対話を進めるべきかという議論が展開されました。投資家サイドは企業の情報開示を待っており、開示された情報に基づいて対話をすることで、中長期的に正しい投資判断をしていきたいという狙いがあります。
フレームワークに沿った情報開示ができているか: TCFDによって情報開示のフレームワークが示されたことで、企業サイドが情報を開示しやすくなったという声が投資家サイドからありました。またGPIFが採用する環境関連のESG指数では、「開示していることそのものを評価」しており、企業の開示情報が投資家の要求に十分対応できていないという現実がうかがえます。その一方で、ESGのうち「E(環境)」について日本企業の情報開示は他国に比べて劣ってはいないという評価もありました。
さらに投資家からは、「企業間比較を行う際、同じビジネスモデルであれば共通するリスクを把握できているか、対策がどう異なっているか等についての確認、調査がしやすくなり、企業理解を深めることができる」という意見が出たほか、「日本の統合報告書では、一般的なリスク情報の開示にとどまり、投資家が把握している特定のリスクが開示されていない。企業の情報開示に対する不信感につながる可能性がある」という指摘もありました。また、「情報開示のための一連のプロセスを経ることで、企業には統合思考を高め、気候変動対応の取り組み自体が進むのではないか」と期待する声も聞かれました。
経営課題としての認識を求める: TCFDを設立した時点で、FSBは気候変動をファイナンシャルマターとして認識していたと推察されます。フレームワークの一つ目の柱がガバナンスであるように、気候変動を経営課題として認識し、取締役会が関与することが重要です。投資家サイドは、取締役会で協議されるような情報であれば、それが企業にとって少なからず影響力がある事象であると理解できます。ただ「結果として知りたいのは、将来の財務諸表の数字がどう変化するかではなく、財務諸表のどの科目に影響があり、ビジネスモデルがどう変化するのか、さらにそれに対して経営層がどのような戦略を持っているか」であるとしています。
シナリオ分析は、当初提言に含まれていませんでしたが、投資家からの強い要請で含まれることになったものです。現状、「経営全体の長期ビジョンを打ち出している日本企業は海外に比べると少なく、それもせいぜい10年程度」との声があがりました。企業には今後シナリオ分析を通じて環境面の取り組みについての情報を開示し、経営と統合した長期ビジョンを示すことが期待されています。
正しい投資判断には、企業との対話が重要:これまで投資家サイドは、中長期の投資判断の精緻化を目的としてESG要素の調査を進めてきましたが、環境問題は時間軸が長すぎて企業価値に結び付けるのが難しく、株価との関連性を十分に証明できていないという課題がありました。また全ての投資家が環境問題の知識を十分に持っているわけではないため、経済産業省が今回、業種別に作成したガイダンスは、企業の開示情報とともに投資家の適切な判断を助けると期待されています。投資家が企業の開示情報を活用して正しい評価を下し、実際にどの程度投資するかを判断するために、企業との対話が重要です。対話を通じて投資家の企業理解が深まれば、ESG情報を含んだより正しい投資判断が可能になるからです。
経済と環境の好循環を目指して
金融業界が企業に対して開示を期待する情報がTCFD最終提言として示され、次は、企業がフレークワークに沿って情報を開示し、金融業界が正しく評価するために試行錯誤していくフェーズに移行しつつあります。
このフレームワークに沿った取り組みを実践するために、経済産業省は業種別のガイダンスを用意し、今後も対象業種を増やしていくと同時に、優れた環境技術を持つ日本企業が金融市場で正しく評価されるよう、これをグローバルスタンダードとして浸透させることを目指しています。企業の支援にも積極的です。また、金融庁もまだ先とはいえ、将来的な有価証券報告書への記載を見据え、制度改正等を進めています。
TCFDが示したフレームワークはツールにすぎませんが、公的セクターや投資家サイドは気候変動関連情報が財務関連情報の一部になりうると認識しており、TCFDをきかっけとして企業と投資家が積極的に対話し、経済と環境の好循環が実現することが期待されています。当社としても、今後も引き続き気候変動等に関するより正確なデータや分析を提供し、皆さまの情報開示や情報に基づいた正確な投資判断をバックアップしてまいります。