バイサイドフォーラム東京2018「日本の資産運用業界における課題と戦略」
大規模な金融緩和や規制強化、さらにはAI(人工知能)や機械学習といったテクノロジーの進展など、日本の資産運用業界にも大きな波が押し寄せています。急速な構造的変化への対応が急がれるなか、ブルームバーグでは、2018年6月13日(水)と14日(木)に「バイサイドフォーラム東京2018」を開催しました。
日本の資産運用業界における課題と戦略をテーマとした本イベントでは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)理事長の髙橋 則広氏および金融庁 総務企画局 資産運用企画室長兼 証券取引等監視委員会 証券検査課 資産運用統括モニタリング長 片岡 之総氏による基調講演のほか、大手金融機関、事業会社など、多方面から有識者の皆様をお招きしたパネルディスカッションが2日間にわたって行われ、大変好評を博しました。
特に人工知能・機械学習に関するセッションには両日とも参加者が集中し、テクノロジーの発展に伴う急速な環境変化にビジネスモデルの変容を迫られる金融業界の危機感が浮き彫りとなりました。また、責任投資においては「適切な情報開示の効果をまだ認識していない企業が多い」とする事業会社と運用側の対話に存在するギャップにスポットライトが当たるなか、企業の持続的な成長を目指し、どのように建設的な対話を進めるべきか、実務的な視点で活発にディスカッションが展開されました。
フォーラム初日は、世界最大規模の年金基金として株式市場全体を広くカバーするユニバーサルオーナーであり、スチュワードシップ・コード、ESG投資の推進を主導するGPIFを率いる髙橋氏による、「日本の資産運用業への期待」をテーマとした基調講演で幕を開けました。髙橋氏はテクノロジーの活用について、「リスク管理の効率化につながる」とし、「AIによって変わっていく運用業界をいかに活用していくべきかがGPIFの課題。将来は、できれば運用機関と同じデータベースを使い、運用結果の振り返りなどを一緒に検討したい」との考えを示しました。さらにESG投資については、「選定作業の途中で、2018年中には運用開始できればと思っている。ESG投資を始めた以上、きちんとした評価が必要。2018年中に報告書を出せるよう作業中だ」との展望を語りました。
各社待ったなしのAI活用、人材確保を中心に課題が山積
続いて「テクノロジーと運用の未来」をテーマとしたパネルディスカッションでは、三菱UFJ国際投信 戦略運用部 副部長の水野 善公氏が「どんなデータを集め、いかに運用に役立てるのか、課題が山積だが、データ・サイエンティストを雇ったものの、能力を使い切れなかったという話も多く聞く」とし、「スペシャリスト人材をいかに使いこなすかがポイント」と述べました。ゆうちょ銀行 執行役員室長 市場部門 市場統括部 総合クオンツ室の市川 達夫氏も「AIや機械学習の分野は、クオンツよりもさらに人材不足が深刻。本格的に取り組むには、採用だけでなく外部専門家との業務提携なども視野に入れていくべき」との見方を示しました。
テクノロジーと金融との融合については、水野氏が「マネジメントによって結果が左右される」、「未知の部分が大きいため、大学などの専門機関との共同研究が必要」と指摘したほか、「AIは途中経過がブラックボックス化される傾向があるが、PDCAを回すための工夫や技術開発の必要性がある」との課題を挙げました。
ブルームバーグのリアルタイム市場データを活用し、AI市場予測アプリを開発したスタートアップ企業であるAlpacaJapan代表取締役CEOの四元 盛文氏は、今後のAIの活用について、「運用者などにフィッティングするAI技術が汎用化されていない」「クオンツと違ってAIはまだ運用戦略として認知されていないため、どのような用途として取り入れていくかが大きな課題」と意見を述べ、開発側からの視点として注目を集めました。一方、水野氏は「アクティブハウスとESG分野がAIとの親和性が高い」としたうえで、特にESGでは急速にAI化が進むと予想。その要因として、効率的なエンゲージメントにAIが欠かせなくなっていることを挙げました。
プレスリリース: ブルームバーグ、人工知能を搭載した市場予測アプリをリリース
投資先は中国、欧州、南米。国際展開でグローバルスタンダード化が加速
日本の低金利環境が長引くなかで、国内投資家は適切にリスクを管理しながら、より高いリターンを追及するため、従来の資産以外にも目を向けることを余儀なくされています。「資産運用業の国際展開」をテーマにしたパネルディスカッションでは、野村アセットマネジメント 常務執行役員 運用調査本部長の津田 昌直氏が、「時間はかかるがポテンシャルの高い中国、定性判断によるアクティブ運用の投資ニーズが高まる欧州、アジア株への投資意欲が非常に強い南米の年金基金」に注目しているとしました。
続いて三井住友信託銀行 受託サービス部長の本村 剛氏が「外国籍へのファンドシフトのほか、マイナス金利の影響で海外不動産やバンクローンなど海外のオルタナティブアセットでの運用への関心が高まっている」と指摘。また海外投資家向けにファンドを提供するようになり、国際展開に伴って各拠点でシステムや業務プロセス、業界慣行などのグローバルスタンダード化が加速するだろうとの見解を示しました。
国際化によって浮上してくる国際規制対応として、2018年1月に施行されたMiFID2(第2次金融商品市場指令)の国内資産運用会社への影響について、津田氏は「影響は少ないものの、MiFID 2の施行をきっかけに外部と内部のリサーチの役割分担などの議論を始めている」と答え、本村氏は「欧州中心に規制強化が進んでいることから、外部システムベンダーが導入している規制対応の仕組みを自社のプロセスに取り込み、堅固なプロセスを構築するのが重要になる」との考えを示しました。
資産運用の国際展開において、注目度の高い中国RMB債についてのブルームバーグリアルタイム ソリューションはこちら(英語)から。
適切な情報開示による効果
初日最後のパネルディスカッションは、モデレーターとしてセコム企業年金基金 非常勤顧問 八木 博一氏をお迎えし、「責任投資と資産運用の現状」をテーマとして実施しました。「2014年に日本版スチュワードシップ・コードが施行されて4年、意味のあるエンゲージメントが行われているのか」という問いに、オムロン 取締役の安藤 聡氏は、「エンゲージメントの相手である企業が情報開示の効果をあまり認識していない」と現状を分析。適切な情報開示を実施すれば、資本コストの低減や株価のボラティリティの抑制、インサイダー取引の抑止などの効果が得られることを、事例を挙げながら解説しました。情報開示にあたっては、「中長期の情報を積極的に開示する代わりに、短期の情報開示を控えた結果、ネガティブな事象が起きたときの株価の戻りが早くなる」との効果も紹介しました。
一方、長期投資を基本とする第一生命保険の責任投資推進室長の銭谷 美幸氏は、エンゲージメントを実施するにあたり、「取締役会評価の内容を切り口に対話を進めていく。指摘するというよりは、上場会社としての責務として改善できる点は改めてほしいと建設的な対話をしている」と述べました。さらにパッシブ運用におけるエンゲージメントとして、りそなアセットマネジメント 代表取締役社長の西岡 明彦氏は、「環境と社会、ガバナンスからなるESGだけでなく、ディスクロージャーの『D』を加えた『ESGD』のテーマでエンゲージメントをしている」と独自の取組みを紹介しました。
国連が定めたSDGsを評価軸に加える投資家も増えているなか、ブルームバーグ 在日代表の石橋邦裕は、「SDGs(持続可能な開発目標)関連の分析ツールを開発したばかり。リクエストは増えている」ことを明らかにしました。
規制強化に伴い、世界中で市場のあり方が根本的に変化し、コンプライアンス、透明性、説明責任が昨今の最優先事項になっています。フォーラムの2日目は、前日のディスカッションの流れを引きつぐような形で、金融庁の片岡 之総氏が「日本の資産運用の高度化に伴う課題~顧客本位の業務運営の定着に向けて~」と題した基調講演を行いました。
その後、8つの分科会を経て、最後は「資産運用におけるオルタナティブ・データ活用の可能性を探る」として、従来の市場データ、財務データ等にとどまらず、テキスト や画像などの非構造化データ、大容量データなどを資産運用へ活用しようとする試みについて、同分野における産学の第一人者をお招きしたパネルディスカッションで幕を閉じました。
AIの説明責任、始まったばかりのビッグデータ活用
パネルディスカッションでは、野村アセットマネジメントの資産運用先端技術研究室 クオンツアナリストである中川 慧氏が、AIによる予測の根拠や過程が見えにくい現状を踏まえ、「資産運用会社は、判断に至るまでの説明責任を負っている。その意味ではAIなどにすべて代替させるのは難しいのではないか」と疑問を呈しました。一方、大和住銀投信投資顧問 運用開発部 クオンツ運用室ファンドマネージャー クオンツアナリストの東出 卓朗氏は「機械学習による簡単な分析ならある程度のファクターを提示できる。すべての運用プロセスの自動化が理想だが、それにはまず顧客の理解が必要」とし、次のステップとしてはAIに説明責任は期待できないことを理解してもらうことではないかとの持論を述べました。
続いて、東京大学大学院工学系研究科システム創成学の和泉 潔教授は、「機械学習モデルはデータだけで決めず、金融機関の担当者と相談しながら決めている。予測能力が高ければいいのか、ブラックボックスでもいいのか、説明力を備えていたほうがいいのかなど、各金融機関の目的によっても使うモデルは変わってくる」と応じました。
いわゆるオルタナティブ・データが資産運用の世界で脚光を浴びていることについて、米国のリサーチ会社DeepMacroの共同創業者兼CEO Jefferey Young氏は、「市場はさまざまな情報を集め、加工し、価格を形成している。そういう意味ではビッグデータは非常に有益。マーケットが価格形成しているプロセスを模倣できるからだ。簡単には真似できないため、開発の緒についたばかりだが、ビッグデータなどを活用する意義はあるだろう」と解説しました。
世界各地で開催しているブルームバーグ バイサイドフォーラム。今回の東京フォーラムへご参加いただいた運用担当を中心とする参加者の皆さまからは、「不確実な時代に対応するためのヒントが得られた」「各社のテクノロジーに関する見解や取組み状況、今後の課題を把握できた」、「システムスタートアップ開発企業の話が新鮮だった」など、テクノロジー関連への関心の高さを反映した声が多く寄せられました。また責任投資については、「投資家、発行体両サイドから見た取り組み姿勢の違いが興味深かった」「ESGにおける今後の方向性を検討していくうえで大変参考になった」とのコメントも寄せられました。
本フォーラムが、ビジネスの第一線でご活躍のプロフェッショナルの皆さまにとっての今後の投資や経営判断、対話を方向付ける一助となることを切に願っております。