6人の若手官僚が語る日本経済を立て直すための産業政策の新基軸とは
ブルームバーグでは9月5日、「経済成長の種(シード)はどこに ~経済産業省と語る、日本経済の未来~」を開催しました。ゲストスピーカーとして経済産業省(経産省)から新進気鋭の6人の若手政策担当官をお迎えし、「失われた30年」から抜けだし、新たな成長を牽引するための要となる産業政策の枠組みをベースとした人材、エネルギー、サイバーセキュリティ、バイオ産業のテーマごとの成長戦略について講演いただきました。またブルームバーグからは主席エコノミストがこの「新機軸」をベースとした経済成長と市場インパクトについて分析・解説しました。
2020年から続くパンデミックや年初からのロシアによるウクライナ侵攻など地政学的リスクに世界が翻弄される中、諸外国においては歴史的スケールでの経済社会変革が模索されています。一方、過去30年にわたる日本経済の低迷の背景には、産業構造の変化への対応の遅れや生産年齢人口減少による規模縮小、設備投資の減少などが指摘されています。所得が上がらず、企業の国際競争力・価値創造力も低下、スタートアップ投資も欧米諸国と比較して小さく、経済を牽引するベンチャー企業もまだ育っていない状況の背後には、構造的な問題があることは否めません。
こうした状況の打開に向け、経産省では、これまで産業構造審議会 経済産業政策 新機軸部会において検討を進めてきました。このほど発表されたその中間報告では、グリーン、デジタルなどの社会課題の解決が未来の成長の種にもなるとの考えのもと、官民でビジョンを共有して大胆に投資する「ミッション志向の産業政策」と「経済社会システムの基盤の組替え(OSの組替え)」が2つの柱として紹介されました。
アジェンダおよび登壇者は以下の通りです。詳細はこちらのリンクよりオンデマンドでご覧いただけます。
1. 「経済産業政策の新機軸について」経済産業政策局 産業構造課 課長補佐 佐野 智樹 氏
2.「令和5年度 経済産業政策の重点について」大臣官房 総務課 法令審査専門官 山岸 拓眞 氏
3. 「人的資本経営の実装に向けて」大臣官房 総務課 法令審査専門官 片岸 雅啓 氏
4.「エネルギー政策について」 資源エネルギー庁 電力・ガス事業部 原子力政策課 課長補佐 大田 悠平 氏
5. 「DX時代のサイバーセキュリティ」 経済産業政策局 企業行動課 課長補佐 猪瀬 優 氏
6. 「バイオ産業政策について~微生物が拓く新たな産業革命と、医薬品産業の強化に向けて~」商務情報政策局 商務・サービスグループ 生物化学産業課 課長補佐 庄 剛矢 氏
ブルームバーグからは、マクロ経済の視点から、ブルームバーグ・エコノミクス日本担当主席エコノミスト増島雄樹が新機軸の経済成長と市場に与えるインパクトについて分析しました。増島は、GDPから見た日本の中長期的な経済成長の姿、新機軸は経済成長のどこに効くのか、ピンチをチャンスに変えるための新機軸の成長戦略としての役割等について話したほか、エネルギー政策と為替市場との関係や経済安保と貿易収支等の経済損益について解説しました。
今回のイベントは、事前および当日のご質問を受け付ける形で、経済産業省において気鋭の若手の政策立案者の皆さんが、柔軟な発想で旧態依然とした構造的な問題をどのように変えていこうとしているのか、意見交換できる場、官民の対話のためのステージの一つとして、ブルームバーグが企画したものです。すべてのセッションを こちらのリンクよりオンデマンドでご覧いただけます。
オンサイトで参加およびオンラインで視聴の皆さまからは、多くの質問が次々と寄せられ、「経済産業省が取り組んでいる政策についてよく理解でき、現政権が目指す方向性もより明確になった」「経産省の勢いのある方々の話は興味深かった。 『日本人は楽観的に』という意見に賛成。 安心の社会を創らなければいけないとも言っていたが、挑戦する人が増える社会になると良いと思う」「課長補佐クラスの若い担当者ということもあり、熱い思いが伝わってきた。聞いていて刺激になった」等の感想をいただきました。
経済産業省 経済産業政策局 産業構造課 課長補佐 佐野 智樹 氏は、諸外国では、産業政策競争、歴史的スケールの変革が進行中で、日本においても世界的潮流を踏まえた産業政策の転換=経済産業政策の新機軸が求められているとし、ミッション志向の産業政策」と「経済社会システムの基盤の組替え(OSの組替え)」を2つの柱とする経済産業政策 新機軸部会による中間報告を紹介しました。
社会課題の解決と経済成長の両立を実現してくためのミッション志向の産業政策として、炭素中立型社会の実現、デジタル社会の実現、経済安全保障の実現、新しい健康社会の実現、災害に対するレジリエンス社会の実現、バイオ物作り革命の実現の6つの柱を掲げています。
また、そのために必要なのは経済社会システム(OS)の組み替えであり、人材やスタートアップを含む経済社会システム基盤の組み替えを進め、経済秩序の激動期、資源自立経済(サーキュラーエコノミー)の確立とWeb3.0等を取り込みながら進めていくという方向性について紹介しました。
経済産業省 大臣官房 総務課 法令審査専門官 山岸 拓眞 氏は、新機軸を踏まえた、令和5年度の具体的な経済産業政策の重点(案)について、主要施策を紹介しました。コロナ禍・ウクライナ情勢による資源・物資の供給制約および物価上昇などに対応するため、エネルギー安全保障、資源の安定供給を確保するとともに、中小企業・小規模事業者等の事業継続支援、生産性向上、転嫁円滑化に取り組む方針であることを説明しました。
また、持続的な成長を可能とする経済社会の実現を目指し、日本が直面する経済社会課題(脱炭素、デジタル化、経済安保、健康、災害等)を解決することが、世界の市場獲得にもつながりうるとし、リスクを恐れず大胆な投資の拡大が必要だとしています。
個人・企業による挑戦を後押しする基盤の整備のために、人材、スタートアップ、イノベーション、中小企業、地域経済、企業経営、日本社会のグローバル化、文化経済、行政の変革を進めていく方針だということです。
デジタル化や脱炭素化により大きな構造転換が起こる中、経済産業省では「未来人材会議」を設置。長中期の未来を見据え、産官学が目指すべき人材育成の絵姿として、本年5月に「未来人材ビジョン」を公表しました。
経済産業省 大臣官房 総務課 法令審査専門官 片岸 雅啓 氏は未来人材ビジョンの労働需要の推計したところ、2050年における職種別の労働需要は、事務従事者が4割減少する一方で、情報処理・通信技術者は2割増加するとの集計結果を紹介。デジタル化や脱炭素化により、将来は「問題発見力」「的確な予測」「革新性」等が一層もとめられるようになるとしています。
今の日本社会の課題として、人的資源への投資低下、人事前略と経営戦略との紐付けの弱さ、投資家と企業側の「人材投資」の重要性への認識のギャップなどをあげ、人材を『資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、長周期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」について説明しました。
今後日本が向かうべき二つの方向性として、旧来の日本型雇用システムからの転換と好きなことに夢中になれる教育への転換をあげています。
経済産業省 資源エネルギー庁 電力・ガス事業部 原子力政策課 課長補佐 大田 悠平 氏は、エネルギー政策と脱炭素、グリーントランスフォーメーション(GX)について解説しました。日本は2050年カーボンニュートラル実現、2030年温室効果ガス46%削減を大目標に掲げるだけでなく、安全性を最優先に、安定供給、経済効率性、環境適合をすべて成し遂げることを目指しています。しかしG7のうち、一次エネルギー自給率は10%程度で最も低い状況にあります。大田氏は、最近の電力需給をめぐる環境は変化しており、老朽化した発電所の閉鎖や、原発の再稼働の遅れ等により、日本はロシア情勢とは全く無関係のところで電力需給がひっ迫している、といいます。そのような中、岸田総理は8月、「GX実行会議」で、安全性が高いとされる次世代原子力発電所の建設を検討する案を示しました。
大田氏は、6月閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」から、5つの新たな政策イニシアチブのポイントであるGX経済移行債(仮称)の創設、規制・支援一体型投資促進策、GXリーグの段階的発展・活用、新たな金融手法の活用、アジア・ゼロエミッション共同対構想など国際展開戦略についてそれぞれ解説しました。
あらゆるものがネットワークにつながる現代において、高度化・巧妙化するサイバー攻撃が社会や産業に広く深く影響を及ぼすようになっています。経済産業省 経済産業政策局 企業行動課 課長補佐 猪瀬 優 氏は、なぜ、いまサイバーセキュリティが重要か、サイバーセキュリティ経営の必要性、経産省のサイバーセキュリティ対策について、概要を説明しました。電力などの社会的な重要インフラを守る、日本企業の価値をいかにサイバーセキュリティの面から高めるか、ビジネスチャンスとしてのサイバーセキュリティのエコシステムをどのように発展させていくか等について経産省の考え方や取り組みを紹介しました。
コロナ禍を契機として産業領域を問わずデジタル化に対する意識が変化する中、多種多様な昨今のサイバー攻撃の脅威は全産業において無縁ではなくなっています。攻撃の起点が拡大し、多くの部署やグループ会社、海外拠点等を横断的に巻き込んだ全社的な体制構築が急務となってきており、事業継続や人命・安全・損害賠償・レピュテーションリスクなどあらゆる経営リスクに直面するため、経営者のリーダーシップの必要性が高まっていること、ガバナンスの観点から投資家の関心も高まりつつあることを指摘。経産省におけるサイバーセキュリティ政策の全体像を解説するとともに、中小企業においても活用しやすい「サイバーセキュリティお助け隊サービス」などの支援パッケージについても紹介しました。
経済産業省 商務情報政策局 商務・サービスグループ 生物化学産業課 課長補佐 庄 剛矢 氏は、バイオテクノロジーを活用したバイオエコノミーの世界市場が2030年に約200兆円に成長するというOECDの予測を紹介し、バイオ産業の全体像と経産省の取り組みを解説。微生物が拓く新たな産業革命(~バイオものづくり~)、合成生物学をめぐる国際的な技術覇権競争、コロナ禍から見えたサプライチェーンリスクと技術優位性低下(~日本バイオ医薬品産業の競争力強化に向けて~)について、それぞれ概略を説明しました。
合成生物学(バイオテクノロジー)で生み出される製品例として、高機能素材や機能性作物、生分解性バイオプラスティック、人工肉、バイオ医薬品・遺伝子治療など、さまざまな具体事例を紹介。微生物の代謝機能を活用したバイオものづくりの仕組みを解説し、従来型の化学合成による物質生産をバイオに転換することで、CO2排出量を大きく削減できる可能性についても言及しました。さらに研究開発が進めば、大気中のCO2を直接物質生産に活用できるようになるとも述べました。
同氏は、合成生物学について、経済成長と地球温暖化や食料危機などの社会課題の解決を両立できる「二兎を追えるイノベーション」であるとし、当該分野の将来性を語りました。また、世界における合成生物学ベンチャーへの投資額が飛躍的に伸びていることに触れ、米中でも技術覇権競争が激化しており、対立の主戦場になっていることを示しました。
医薬品産業については、新型コロナワクチン開発につながったバイオ創薬技術に触れ、世界的にベンチャー企業が新薬を開発し、大手製薬企業が買収するという産業構造の変化が起きていると述べました。日本ではまだベンチャー企業の成功例がほとんどないため、経産省が創薬ベンチャー育成の取り組みを開始。開発成功率の低さや開発費用の大きさから、民間による投資では限界があるとし、500億円の予算で「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」を走らせており、ベンチャーエコシステムの育成に本腰を入れていることを明らかにしました。
最後にマクロの視点から、ブルームバーグ・エコノミクス日本担当主席エコノミスト増島雄樹が、新機軸の経済成長と市場に与えるインパクトについて話しました。GDPから見た日本の中長期的な経済成長の姿、新機軸は経済成長のどこに効くのか、ピンチをチャンスに変えるための新機軸の成長戦略としての役割を分析したほか、エネルギー政策と為替市場との関係や経済安保と貿易収支等の経済損益について解説しました。
増島は、経済産業政策の新機軸とは、包括的で分配も配慮した中期の成長戦略であるとして、コロナ感染拡大下でも労働力は低下しなかったことに注目。リスキリングを積極的に行うようになり、副業を認める企業が増えれば、人口減少による労働投入の低下が緩和、経済成長のマイナス転化を遅らせられる、と述べました。
2022年の世界の経済予測は、年初と比較してGDP成長率は低下し、インフレ率は上昇しています。増島は、日本は他国と比較してもまだインフレがそこまで進んでないものの、米欧が景気後退すれば、ロシアのウクライナ侵攻に続き世界経済への下振れリスクがあるとし、GDPの今後についての予測を示し、景気循環に流されない投資は今回新機軸としてお話しいただいた、DXとGXであろうと述べました。日本のDXとGXは他国と比べて劣勢にあるため、景気循環と関係なく追加の設備投資が必要であるとして、日本経済の構造変化を進めることで、外需に振られない成長を確保できるのは非常に興味深いとしています。
また、バイオについては、日本は他国と比べてバイオが弱いものの、バイオプロセスの強化によって、日本の強みである化学プロセスによる物作りがさらに強化できれば、知財収入も改善する、その弱みをチャンスに変えていける可能性があると話しています。
サイバーセキュリティに関しては、証券監督者国際機構(IOSCO)の「証券市場リスク見通し」によると、サイバー攻撃は2016年から重要リスクになっている一方、DXの遅れもあって、日本企業のサイバー攻撃による被害は、相対的にまだ低いが、日本でDXが進めば、他国並みに被害が拡大する可能性があるとし、成長を押し上げる効果は限定的だが、負のショックを防ぐという意味では、進めていく必要がある、と述べました。
増島はさらに、為替についても言及し、実体経済活動の格差がコロナ危機下で拡大し、実体経済の為替への影響が資源高でさらに拡大しているものの、再生可能エネルギーの活用が進めば、今回の局面の悪循環は避けやすくなるといいます。10%程度の円安(120円台後半)では、資産価格上昇の影響が大きいが、20%を超えると、円安を通じた輸入物価の上昇の悪影響が大きくなると分析した上で、為替市場は金利差から経済の基礎的条件をより重視する方向へ動いており、中期的な産業政策を考える上で、日本が強い円を目指すのか、弱い円を目指すのかの判断は重要であり、ビジョンの共有が必要だと述べました。
また経済安保については、人口動態、移民動向、働き方、SDGsに対する姿勢の変化が長期成長に影響があるとして、中長期的な視点からのサプライチェーンの強靱性強化は、経済安保の観点(民主主意義陣営内での調達の変化)の側面が強い、さらに経済安保による政治的価値判断を強めすぎると、最適な成長戦略の実現が難しくなるため、バランスをどこでとるのかが重要であるとしています。