なぜ主要中央銀行は気候変動と戦い始めたのか: QuickTake

Read the English version published on July 02, 2021.
本稿はKatia DmitrievaとJana Randowが執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されたものです。

世界の主要中央銀行は、気候変動との戦いに関与するリスクよりも何もしないことのリスクの方が高いことを認識し始め、次々と気候変動との戦いに参加しています。氷河減少は金融政策とは関係ないように見えるかもしれませんが、世界経済に混乱を来す可能性がある限り、対応が必要だと考える銀行が増えてきています。政府から新たな任務として気候変動対策を命じられた中央銀行もあれば、既存のルールの下で寄与できる方法を模索している中央銀行もあります。しかし、それでも中央銀行はもっと力を入れて取り組むべきだとの批判もあります。

1. 中央銀行が気候変動に関心を示すようになったきっかけは?

ますます多くの研究結果が、気候変動は世界経済にとって長期的に脅威となり、中央銀行の伝統的な任務であるインフレや金融の安定もその影響から逃れられないことを示しています。2015年のパリ協定では世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2°C以内に抑えるという野心的な目標が設定されましたが、たとえそれが達成されたとしても、世界の経済国は農地や建設現場での生産性低下や死亡率・移民の増加などさまざまな面で影響を受けると思われます。しかも、2100年までには極端な異常気象や沿岸部の浸水によって何兆ドルもの損害が発生すると予想されています。そうなると、金融システムへのリスクが存在すると言えます。

サステナブル・ファイナンス・ソリューション
詳細はこちらから

2. 金融システムへのリスクとは?

イングランド銀行のマーク・カーニー元総裁は2015年、気候変動による「悲劇」について警鐘を鳴らし、特に「リプライシング(再評価)」イベントについて注意を促しました。(沿岸にある不動産などの)資産が物理的な損害を受けたり、企業が新たな債務を負うことになったり(例えば、山火事の責任を問われて経営破綻に追い込まれたカリフォルニア州の巨大公益事業会社PG&E)、保険料が大幅に上昇したりすることも考えられます。もう1つのリスクは、例えば炭素税の大幅増税や化石燃料採掘の制限規制など、気候変動に対処するための極端な政府措置によって特定の資産価値が急激に低下する可能性です。カーニー氏は、「こうしたリプライシングが発生するペースは不明で、金融安定に大きく影響する可能性がある」と述べています。

3. 警鐘による取り組みは?

その2年後、カーニー氏は仲間と共にNGFS(気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク)を結成しました。以来、加盟機関は増え続け、今では100カ国近くの中央銀行や関連機関が研究結果や政策ソリューション案を交換しています。2019年には一連のガイドラインを策定し、金融企業規制において気候変動リスクを織り込んだ価格評価を適用することや、各加盟機関のポートフォリオでサステナビリティ目標を念頭において投資することを促しています。2021年には金融政策自体のためのグリーンオプションに関する概要を発表しています。

4. 手段は?

中央銀行はリサーチや規制、自行の経営方法を通して影響力を行使できます。リサーチは、情報提供先が政策決定者であるとは言え最も間接的な方法で、通常は中央銀行にとって最初の一歩となります。また、規制面での権限を使って銀行に気候関連リスクの算定と開示を義務付けたり、銀行が確実に損失へ備えられるように気候関連のリプライシング・シナリオをストレステストに盛り込むように要求したりもできます。そうなれば、銀行は化石燃料関連の投融資をためらうようになり、代替エネルギーを模索するようになるでしょう。

5. 金融政策は?

金融政策は、特に政府が中央銀行の任務を近い将来変更する可能性の低い国では、議論を呼ぶところです。しかしそれでもさまざまな選択肢が浮上しています。例えば、サステナブル金融商品を増やすことで政策決定者による金融安定リスク拡大の抑止、グリーン銀行への融資、担保ルールの変更、温室効果ガス排出量が多いいわゆるブラウン産業へのエクスポージャーを制限するような資産購入プログラムへの移行などがあります。これは、中央銀行が意図的に債券買い入れをグリーンプロジェクトやグリーン企業に振り向け、そうした業界での調達コストを下げようとするグリーン量的緩和とは異なります。多くの政策決定者は、そのような措置はやり過ぎだと考えています。

6. 各中央銀行の現在の取り組みは?

法的なマンデートや政府の優先課題によって、国ごとに中央銀行のアプローチは異なります。

  • 日本銀行は、民間セクターによる地球温暖化への取り組みを促進するため、気候変動に配慮した企業に銀行融資を提供しています。
  • 中国人民銀行は、より中央集権的な機関として、サステナブルプロジェクトに直接投資し、グリーンボンドの発行を奨励するとともに、排出ガス量削減プロジェクトを支援する企業に対する資金を低コストで提供できるような政策案を検討中です。
  • カナダ銀行は2020年、企業による気候関連リスク評価を支援するため、銀行規制当局とのパイロットプロジェクトを発表しました。
  • イングランド銀行の政策決定者は、今年初めて気候変動を経済面から検討し、金融市場で政府が資産を買い入れる際には政府の環境目標を考慮することを示唆しました。
  • イングランド銀行はまた、英国の大手銀行・保険会社を対象とした広範なストレステストを開始し、気候変動に対するレジリエンス(耐性)を調査しています。
  • スウェーデン中央銀行は今年、公害に関連のある準備金資産を一掃し、社債購入プログラムのカーボンフットプリントのマッピングを開始しました。また、資産購入がいかに気候変動対策に寄与できるかの検証を銀行に求めるという法案を提出しています。
  • 米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、12月にNGFSに加盟し、金融安定任務のレンズを通して気候変動の影響を検討しています。地球温暖化は金融政策にとって主因ではないとするFRBのジェローム・パウエル議長による見解には、欧州の各金融当局が異議を唱えています。
  • 欧州中央銀行は、2020年1月に開始した戦略レビューで気候変動について検討しています。財政を気候リスクや移行リスクから守るため、債券購入対象をもっとグリーンな資産にシフトするべきとのコンセンサスが固まりつつありますが、一方で政策決定者が政治的な理由で金融の方向を左右してよいものか、異論もあります。

7. なぜこれほど時間がかかるのか?

中央銀行は通常、自らの任務の範囲外で新たな法規制を定めることはできません。また、中央銀行は政治からは独立しているべきなので、通常は政治的な議論には関与しません。中央銀行の幹部は選挙で選ばれたわけではなく、経済への影響力は信用市場を通した間接的なものにとどまります。また、評論家の中には、金融政策は通常2-3年単位で実施される一方で、気候変動への取り組みははるかに長い期間に及ぶことから、中央銀行では体制が不十分で有意義な効果を出せないと指摘する向きもあります。最後に、中央銀行が気候変動分野に関与することで、これまで以上に政治的な影響力を持ち始めるのではないかとの懸念もあります。また、FRBは米ドナルド・トランプ元大統領から金利を巡って繰り返し非難を浴びていたため、気候変動を疑問視する大統領府とのさらなる衝突を避けようとしてきました。

本稿は英文で発行された記事を翻訳したものです。英語の原文と翻訳内容に相違がある場合には原文が優先します。

デモ申し込み