トランポノミクス

本記事はBrendan Greeleyが執筆し、ブルームバーグブリーフ・Quick Take の「トランプノミクスと大統領令」に初出掲載されたものです。

ドナルド・トランプ米大統領は就任前に次期大統領として最初に行った記者会見の冒頭で、高額の薬価により「殺人の罪を犯していながら罰せられていない」と製薬会社を批判し、米国内での薬価決定に入札を導入する方針を明らかにした。製薬株を組み入れている株価指数はそれを受けて大きく下落した。これは典型的なトランプ節であり、エコノミストの言う「口先介入(jawboning)」、もしくは将来的な措置で脅迫して今日の市場を動かす行為だ。米国の大統領と連邦準備制度理事会(FRB)議長はこれまでに口先介入を行ってきたが、通常は演説や慎重に作成された声明の中でのことだ。だが、トランプ大統領は新型の大統領専用機「エアフォースワン」のコスト削減や、企業による雇用の海外移転の阻止を思いつけばツイッターで対象をいじめ、脅し、脅迫する。週ごとに変化する方針は標準的な経済の型にはまらないものであり、この点は明らかだ。明確さに欠けるのは、こうした場当たり的なアプローチが大統領の豪語する結果を生むのかという点だ。以下にトランポノミクスを構成する基本的な要素のいくつかを紹介する。

雇用

トランプ大統領は他の共和党議員同様、経済成長が雇用を創出すると時折口にする。だがそれ以上に、世界には固定した数の雇用があるかのように話し、他国により「奪われた」雇用を交渉によって取り戻すと主張する。海外の工場への投資計画を中止するよう企業を丸め込む際には、国の利益を雇用者の利益や自由市場の原理に勝るものと位置付けて企業の投資に影響を与える、ディリジズム(統治経済主義)として知られる典型的な欧州型アプローチを利用する。この口先介入は結果を生んでおり、すでに1億5,200万人を雇用し定期的にひと月15万件超の新たな雇用を生み出している経済では取るに足らない影響かもしれないが、大統領選挙以降フィアット・クライスラー、ウォルマート、ロッキード・マーティン、スプリント、ならびに他の6社の大手企業が20万人超の規模で雇用を拡大するとの方針を明らかにしている。これに対し批評家は、大統領の機嫌取りの手段としてトランプ氏が功績を主張できるものへと企業が既存の計画を作り変えているのが実情であるため、こうした数字が幻想に過ぎないとしている。

貿易

トランプ大統領は貿易に関し保護主義の立場をとっている。大統領就任後最初の1週間で、バラク・オバマ前大統領が何年もかけて交渉してきた12カ国による包括的な経済連携協定、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの離脱を通告した。欧州連合(EU)との自由貿易交渉も同様の結果に終わる可能性が高いが、大統領の側近によると、英国との二国間交渉には前向きなようだ。自動車大手の幹部に対しては、メキシコ工場で生産された車を米国市場に輸出する際には35%の国境税を課すとの脅しを繰り返していたが、大統領の報道官はその後、メキシコ国境の壁建設の原資として輸入品に対する20%の課税をアイデアの一つとして考えていたと述べている。北米自由貿易協定(NAFTA)を「米国がこれまでに結んだ中で最悪の貿易協定」と評した大統領は、協定の見直しに向けてカナダの首相とメキシコの大統領をワシントンに招待した後、メキシコ側が国境の壁建設の費用負担を拒否したことを理由に同国大統領との会談を中止した。また、中国については、中国製品を米国に安く売ろうと為替を操作している為替操作国であると認定するよう財務長官に指示すると言っていた。中国は今のところ平然を装い、いまだ何の譲歩も示していない。

財政政策

トランプ大統領は社会保障制度やメディケア(高齢者向け医療保険)の手当てを継続する意向を示しており、エンタイトルメント(給付金制度)の点では共和党より民主党寄りである。また、最大1兆ドルをインフラ投資に向けるとの方針も、典型的なリベラル派の統治アプローチであると同時に、大統領選での勝利に貢献した肉体労働者に報いる一つの手段でもあり、共和党の財政タカ派と一線を画す。大統領はこのインフラ投資を実現するために金利が低位にある間に借り入れを行うとの見通しを何度か示しているが、大統領顧問は税額控除を通じてこれが実現できると述べている。反面、トランプ氏は経済成長を活性化するために減税を行うという共和党の標準的な方針は遵守しており、独立系アナリストによると大統領の目指す所得税および法人税の減税計画によって今後10年間で最低4兆ドル、最大6兆ドル赤字が膨らむであろう。この財源として、トランプ氏は共和党議員らしく、「ダイナミック・スコアリング」(減税が成長を促し税収を押し上げ、歳出削減が不必要になることを歪曲した表現)を好む。

金融政策

トランプ大統領は大統領選キャンペーン中にしばしば蔑みの対象としてFRBを指差し、イエレンFRB議長がオバマ前大統領の雇用面での実績を高めるために金利を「人為的に低く」抑えているとして非難した。大統領のこうした意見は、不動産開発業者としての個人的経験に影響を受けたものと思われる。1980年代と90年代に今よりもっと高い金利で資金を借り入れていたトランプ氏は、そうした高金利が当たり前だった世代のひとりだ。イエレン議長の下、FRBは、政策介入がまったく行われない場合の金利である自然利子率が歴史的な水準よりずっと低い、おそらくはゼロを下回るレベルですらあるとの見解にたどり着いている。トランプ氏は金融政策に関しときにリバタリアニズムの顔を見せ、政策審議の監査を定期的に行い中央銀行の独立性を弱める法律の制定を支持している。

ドル

大統領選挙の結果が出てからトランプ氏が大統領に就任するまでの間に、米ドルは主要10通貨のバスケットに対し5%近く上昇した。新大統領が法人税率を引き下げ巨額のインフラ投資を行い、多数の規制を緩和するとの期待がドルの押し上げ要因となったのだ。だが、ドル高は、米国の製造業企業の活性化を通じて何百万もの新たな雇用を生み出すとするトランプ氏が掲げたもう一つの公約の実現を阻む。これには、輸出業企業が国外でより多くの製品を販売できるようドルが下落する必要がある。就任式前のインタビューでは為替安誘導を狙ったトランプ流の口先介入が行われ、ドルが「強すぎる」との発言にドル相場は型通り若干下落したものの、それも一時的かもしれない。大統領の公約通り減税と歳出拡大が功を奏して景気が盛り上がれば、FRBは想定している以上に積極的な利上げを迫られる可能性があり、その結果、ドルの投資家を呼び込みドル高がよりいっそう進行する。トランプ氏にとってさえ資金を国外に流出させる口先介入は困難であり、大統領が通貨に触れないのはこのためだ。