水素社会へ-発電、トラック、製鉄が安定需要のカギ

Read the English version published on March 25, 2021.

本稿は、ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)のシニア・アナリスト北浦岳志およびYi Zhuが執筆し、ブルームバーグターミナルに掲載されたものです。

政府は水素社会インフラの構築に向けて民間企業と検討を進めており、その枠組みが徐々に明確化されてきています。この流れから生まれ得る需要を狙った開発も多岐にわたって進められており、経済産業省は発電、燃料電池トラック、製鉄分野での潜在的な水素需要の高さを指摘しています。これらの用途項目で十分な需給バランスを構築できれば、日本の脱炭素への道は大きく前進するでしょう。

発電・トラック・製鉄:水素社会は供給と需要の両輪が育む

経済産業省は、発電、燃料電池トラック、製鉄分野において水素の潜在需要が大きいとみているようです。発電分野では、2050年までに水素、アンモニアの構成比率を1割と政府は試算し、その場合の水素需要は年間500万-1000万トン程度と想定している模様です。ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)では600万トン程度と試算しています。燃料電池トラック、製鉄にも同程度の潜在需要があるとみられ、それぞれ600万トンと700万トンと経産省は試算しており、これらを足し合わせると、1800万-2300万トン程度の潜在需要が見込めることになります。需要到達の時間軸は示されていないものの、政府の示す「2050年に年間2000万トン」の供給計画に合致した水準ともとれます。水素はその他にも、建機、農機、乗用車など幅広い業界で使われる可能性があり、供給に合わせて需要が伸びる可能性は高いと言えそうです。

⽤途別の⽔素潜在需要規模

⽤途別の⽔素潜在需要規模

Source: Ministry of Economy, Trade and Industry

いすゞ自動車:トラックの電動化は電気と水素の両面から

いすゞ自動車は、2050年までにトラックのライフサイクルでカーボンニュートラルを目指すと発表しました。そのためには工場での排出やサプライヤーからの排出量削減も含めて脱炭素を進める必要がありますが、最も重要なのはトラック使用時の脱炭素でしょう。小型トラックでは配達距離が1日100キロメートルに満たないことも多く、また発進・停止を頻繁に行うことから電気駆動のメリットが十分あるとみられるものの、長距離においては電池の大型化や充電のための配送効率低下などの課題が残っていました。燃料電池自動車(FCV)では従来、水素インフラの構築が課題となっていましたが、政府の発電やその他業界での水素活用の方針によってインフラ構築が現実みを帯びてきた側面があります。

より大型な商用車では、FCVの活用を中心に進める一方で、水素エンジンという可能性も徐々に現実化してきたと言えるでしょう。いすゞは23年3月期に、ホンダと開発を進めている燃料電池大型トラック車のモニター出荷、小型電気トラックの量産車販売を目指しています。また、炭素クレジットによりカーボンニュートラル化されたLNGガスの輸入も検討されており、従来ガス燃料車の活躍の可能性も残しています。

日野自動車:トヨタのグループ力が電動化戦略の根幹

日野自動車は2050年に電動車比率100%を目指しています。トヨタグループの様々な研究開発インフラを活用することとなるでしょう。すでにハイブリッドトラックや、燃料電池バス、小型電気バスは試験導入しており、今後はコスト面での改善を図っていくとみられます。新車における走行中の二酸化炭素(CO2)排出量の90%削減を目指す同社は、段階的に電動車比率を高めると想定されています。いすゞに対する優位性としては、トヨタグループ内で乗用車向けのハイブリッド、燃料電池、電気自動車技術のストックがあるため、開発コストを抑えられる立場にある点が挙げられるでしょう。総じて日本のトラックメーカーは、大型商用車には電気自動車という解ではなく、燃料電池という方向性を見出しているとの印象です。商用車の電気自動車化には膨大な電池重量が必要となり、その充電時間も加味すると使用環境が制限される可能性が高いと見ています。水素インフラ整備の実現性が高まれば燃料電池車の方が長距離物流には向いている、との判断が垣間見えます。

日本のCO2直接排出、発電が4割と最大

寄稿アナリスト 本間靖健
日本の部門別CO2排出構成では、直接排出で見ると発電(エネルギー転換部門)が全体の4割を占め、最も大きくなっています。その用途を含めた間接排出では、産業分門と運輸部門で過半を占めます。政府の自動車電動化推進に対してトヨタの豊田社長が課題提起した、発電部門における排出削減の重要性は明白であり、今後発電分野における排出削減が進めば産業部門、家庭部門をはじめ多くの分野で排出削減が可能となります。その方向性が徐々に示されていることは好感できるでしょう。発電における水素やクリーンな電源の供給によって、産業分野でもエネルギー減少に向けた取り組みに幅を持たせることができ、不透明な未来における選択肢の拡大にも寄与すると見ています。

発電における脱炭素関連の日本企業として、三菱重工、川崎重工、東芝、日立、三菱電機、IHIなどが挙げられます。

⽇本の部⾨別CO2排出構成(2018年度、直接、間接)

⽇本の部⾨別CO2排出構成(2018年度、直接、間接)

Source: Greenhouse Gas Inventory Office of Japan

火力発電所は水素コスト低減に車輌200万台分以上の効果も

寄稿アナリスト 本間靖健
経産省資源エネルギー庁は、現在の水素価格を100円/Nm3としており、これは現在の水素ステーションでの販売価格と同水準です。2030年までには30円/Nm3、その後はLNG価格を意識した10円台まで下げる意向を示しています。規模の経済が重要になる中で、発電分野での活用は将来の水素価格低減の鍵となるでしょう。資源エネルギー庁の試算では、LNG火力発電所1基の年間水素使用量は燃料電池車223万台分に相当し、2-3基で水素火力発電への移行が実現すれば、それだけで日本の年間自動車販売台数分を燃料電池車に置き換える相当の水素需要規模と炭素排出低減が得られます。LNG火力発電の水素化は既存設備からの移行が検討されています。今後、国内外を含めた火力発電の導入時に水素燃料への移行を見据えた投資を行えば、環境コスト、投資コストの両面でメリットがあるでしょう。

⽔素価格低減の⽬標

⽔素価格低減の⽬標

Source: Ministry of Economy, Trade and Industry

製鉄の対応も急務-日本の産業部門CO2排出の半分を占める

産業部門は日本のCO2直接排出比率で25%を占めますが、その半分は製鉄分野からの排出です。出荷先企業におけるCO2排出削減にとっても重要性の高い業種と言えるでしょう。製鉄には高炉、直接還元(DRI)、電炉など様々な手法がありますが、DRIにおいては石炭の代わりに水素を活用した製法技術を三菱重工業が有しており、オーストリア鉄鋼大手フェスト・アルピーネへの新規設備の導入、21年の稼働を目指しています。三菱重工は子会社プライメタルテクノロジーを通じ、製鉄設備業界における世界大手3社の一角を成している。DRIの課題は高炉と比較して製鉄規模が小さいことでしょう。日本の鉄鋼大手は高炉設備での生産が中心です。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト「COURSE50」では高炉における脱炭素の研究も進められており、その成功が高炉、日本の製鉄分野の将来を決定づける重要な要素となるでしょう。

温暖化ガス直接排出と産業部⾨業種別内訳

温暖化ガス直接排出と産業部⾨業種別内訳

Source: Greenhouse Gas Inventory Office of Japan, METI

水素で脱炭素化目標達成を目指す日本製鉄

日本製鉄は、3月に発表した中長期経営計画で、水素還元製鉄の採用と大型電炉での高級鋼の量産によりCO2排出量を30年までに13年比で30%削減し、50年までにカーボンニュートラルを目指すというシナリオを打ち出しました。同社は19年にも、温室効果ガスの排出量を13年実績の1億200万トンから18%削減していますが、これは生産体制の効率化を通じて実現したものです。20年6月に経団連が日本政府と連携して発表した、脱炭素社会を目指す「チャレンジ・ゼロ」宣言には日本製鉄も賛同しており、中でも同社は10件以上のイノベーション事例を報告している4社のうちの1社となっています。

しかし、「ゼロカーボン・スチール」の挑戦は設備投資費がかさむ可能性があります。日本製鉄は、計画の実現には4兆円の設備投資が必要と試算しています。

⽇本製鉄のCO2排出量

⽇本製鉄のCO2排出量 Source: Company

Source: Company Filings

CO2排出ゼロの粗鋼は生産費用は倍増の可能性

日本製鉄の中長期経営計画によりますと、同社のゼロカーボン目標に向けた施策の実施に伴い、粗鋼の生産費用が2倍以上に膨らむ可能性があります。運用費や研究開発費が増加する見通しである上、現行の生産設備の入れ替えで設備投資費も膨らむためです。製鉄所外部の水素系ガスを利用する計画であるため、安定的な水素の大量供給を支えるインフラの整備も必要となってきます。大量の水素供給が可能になれば水素還元製鉄が拡大し、高炉からのCO2排出を削減することができます。

鉄鉱石中の酸素を取り出す「還元」は、通常、高炉内で酸化鉄を石炭コークスから生成される一酸化炭素と化学反応させる方法で行うものです。これを水素と酸化鉄を反応させる方法に代えれば、CO2の代わりに水蒸気が副産物として発生し、化石燃料を使用しない製鉄プロセスが実現することになります。

「カーボンニュートラル」な製鉄プロセス

「カーボンニュートラル」な製鉄プロセス

Source: Nippon Steel

本稿は英⽂の原⽂を翻訳したものです。英語の原⽂と翻訳内容に相違がある場合には原⽂が優先します。

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