メディカロイド「hinotori」、手術用ロボ市場で世界シェア獲得狙う

Read the English version published on the Bloomberg Terminal on June 24, 2021.

本稿は、ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)のシニア・アナリスト北浦岳志およびCaroline Stewartが執筆し、ブルームバーグターミナルに掲載されたものです。

川崎重工業と臨床検査機器大手シスメックスの合弁会社、メディカロイドは、競合より低く抑えたコスト構造を武器に手術支援ロボットの市場シェアを拡大することができるかもしれません。2030年までに売上高1000億円を目指しています。医療現場では、損益分岐点達成に向けてロボットを利用した手術の症例数は今後も増えると思われます。市場調査会社マーケッツアンドマーケッツによれば、世界の手術支援ロボット市場は25年までに1兆3000億円規模に成長する見込みです。

日本の手術支援ロボット、機能が多様化し価格もさまざま

手術支援ロボットで先行する米インテュイティブ・サージカルのロボット「ダヴィンチ」は、低価格機種からの追い上げを受けることになるかもしれません。日本の企業は、機能の異なる多様な製品を様々な価格帯で提供することで市場シェア拡大を目指しています。川崎重工とシスメックスの合弁会社メディカロイドの「hinotoriサージカルロボットシステム」(以下、「hinotori」)は、「ダヴィンチ」に真っ向から挑戦する手術支援ロボットだが、価格は低めの設定になるともようです。日本経済新聞の報道によると、東京工業大学発のベンチャー企業、リバーフィールドが開発する手術支援ロボットも「hinotori」と同程度の価格設定とみられますが、モーターではなく空気圧システムで制御するため、操作する医師の手腕への依存度が高くなる可能性があります。医療用器具メーカー、朝日インテックの子会社、A-Traction(エー・トラクション)の手術支援ロボットは、必要となるサポート人員数を少なく抑えられるため、最も低コストの機種と言えるかもしれません。ただ、「5G」の高速ネットワークを利用した遠隔手術などを含め、適用範囲は限られそうです。

手術支援ロボットの価格と機能

Source: Company Filings, Bloomberg Intelligence

コスト回収面での「hinotori」の優位性

寄稿アナリスト Marie-Christine Yoko Huss (バイオテクノロジー・医薬品)

「hinotori」は、少ない手術件数での投資費用回収を可能にすることで、病院へのロボット導入のハードルを大きく下げることを目指しています。手術1回当たりの病院の平均収入を100万円程度と想定すると、「ダヴィンチ」最上位機種で損益分岐点を達成するには、購入価格、メンテナンス費用、消耗品代、および外科医報酬を考慮すると年間121-195件の手術を行う必要があります。低価格帯のモデルXでは86-148件の手術で損益分岐点に達っします。一方「hinotori」の場合、32件でその達成が可能となります。これは、「ダヴィンチ」の低価格機種を63-78%程度下回る水準です。

価格優位性に加え、「hinotori」はサイズが比較的小さいことからも国内市場により適していると考えられます。日本では、中規模以上の病院であっても、内視鏡手術専用の手術室があるのは全体の約半数にとどまるためです。

損益分岐点分析:「ダヴィンチ」と「hinotori」の比較

Source: Bloomberg Intelligence

手術支援ロボット採用のカギはコスト削減効果

川崎重工は、シスメックスとの合弁会社、メディカロイドを通じて日本屈指の手術支援ロボットメーカーとなる可能性があります。メディカロイドの「hinotori」には、川崎重工が産業用ロボットで蓄えたノウハウが生かされており、業界最高峰と見なされる米インテュイティブ・サージカルの「ダヴィンチ」に迫ります。価格や、5Gネットワークを利用した遠隔手術といった開発中の機能に鑑みると、「hinotori」には優位性があると言えそうです。このような手術支援システムは価格が高く、医療消耗品から経常的に発生する収益も見込めます。低侵襲型の手術が広まるなか、将来的に川崎重工のロボット事業の利益率改善に貢献することとなるでしょう。メディカロイドはドイツの手術機器メーカーのカールストルツと提携しています。一方、川崎重工は日本のソフトウエア開発会社オプティムと協業し、人口知能(AI)を活用した機能の開発を進めています。「ダヴィンチ」に対抗する重要な切り札となりそうです。

「ダヴィンチ」推定⼿術症例数(世界合計)

「ダヴィンチ」推定⼿術症例数(世界合計)

Source: Intuitive Surgical, Bloomberg Intelligence

 症例数増加で「hinotori」有利に

手塚治虫の漫画作品「火の鳥」から名付けられたメディカロイドの「hinotoriサージカルロボットシステム」は、日本の規制当局から製造販売承認を得ました。今後は、地域に特化したサービスと価格を武器に、徐々に国内シェアを拡大していくとみられます。これまで成功裏に実施された臨床症例数は20件です。川崎重工は、自社のロボティックス技術を活用して、今後も「hinotori」の開発や5Gネットワーク利用による遠隔手術技術を含む適用の拡大に取り組むます。シスメックスの検査・診断ノウハウと、医療業界における強固なネットワークは、「hinotori」を国内外に拡販するうえでの支えとなるでしょう。「hinotori」の原価は明らかにされていないが、1台当たり1億8000万-3億円に達するインテュイティブの「ダヴィンチ」を下回る価格設定となる公算が大きいと思われます。

メディカロイドは2030年に「hinotori 」の売上高1000億円の達成を目指しています。

「hinotori サージカルロボットシステム」

「hinotori サージカルロボットシステム」

Source: Company Website

日本の医療機器の貿易赤字は縮小へ

日本の医療機器市場では、国産品による需要の取り込みが加速して輸出が拡大傾向にあるとみられます。19年には1兆7000億円にも上った医療機器貿易赤字も、縮小に転じるかもしれません。「hinotori 」が発売されれば、日本は、医療機器や手術機器の70%余りを輸入する米国への依存度を下げることができるでしょう。国内医療機器市場の13-18年の年平均成長率は1.4%でしたが、高齢化が進むにつれ今後も市場拡大が予想されます。なお、19年に行われた業界調査は、初めてオンラインで実施されました。回答率が前年よりも高く、市場規模をより的確に反映していると言えるかもしれませんが、これまでとの比較は難しくなりました。

「hionotori」が目指す5Gネットワークを活用した遠隔手術機能は手術のコスト効率の上昇につながるため、開発が成功すれば、世界市場への浸透が加速する可能性があります。

日本の医療機器市場と輸出入額

⽇本の医療機器市場と輸出⼊額 Source: Ministry

Source: Ministry of Health, Labour and Welfare

国内の外科手術、有望な市場は

寄稿アナリスト Marie-Christine Yoko Huss (バイオテクノロジー・医薬品)

外科領域のさまざまな分野で低侵襲治療が普及するにつれて、日本でも手術支援ロボット、およびその設置に対する需要拡大の勢いが加速するでしょう。国内では泌尿器科の手術が症例数の大半を占めますが、ロボット利用は婦人科、胸部外科、一般外科の手術にも拡大しつつあります。保険適用の拡大に伴い、手術支援ロボットを活用した手術は国内で増加傾向にあります。しかし、手術支援ロボットを導入する病院数の増加のペースは遅く、これは、保険制度上、規模がより大きい病院にロボット導入の機会が限られていることが原因の1つでしょう。とはいえ、ロボットを適用できる治療範囲が拡大しているうえ、より低価格なロボットが市場に投入されることで採算性向上も見込めるため、ロボット導入に踏み切る医療機関は増えると予想されます。

外科分野別、日本の手術支援ロボット症例数

外科分野別、⽇本の⼿術⽀援ロボット症例数

Source: Japan Robotic Surgery Society, Intuitive Surgical

本稿は英⽂の原⽂を翻訳したものです。英語の原⽂と翻訳内容に相違がある場合には原⽂が優先します。

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