日本の脱炭素戦略分析

本稿はブルームバーグ・インテリジェンスのESG担当アナリスト本間 靖健およびBI リサーチ・ディレクターでチーフ ESG ストラテジストのAdeline Diabが執筆し、ブルームバーグ・ターミナルに最初に掲載されたものです。 (11/30/23)

日本のグリーン移行戦略:野心的目標と現実

日本はグリーン経済への移行を迫られている。中でも、時価総額合計の10%を占め、全就業者の9%となる554万人の雇用を握ると言われる自動車部門と、いまだ発電の70%を化石燃料に頼っている電力部門では、喫緊の課題と言えよう。日本政府はグリーン経済への移行を最優先事項の一つとして掲げており、今年11月から12月にかけて開催される第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)に向けて、岸田首相がESG(環境・社会・企業統治)やグリーン分野への投資の意向を表明した。

具体的には、計90兆円にも及ぶ資産を保有する七つの公的年金基金による「責任投資原則(PRI)」署名や、10年間で20兆円規模のグリーン・トランスフォーメーション債の発行、5年間で10兆円に及ぶスタートアップへの投資などだ。10年間で150兆円規模の官民投資を実現するための施策の表明は、脱炭素に向けたイノベーションの創出や具体的アクションが急務であることを強調していよう。

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野心的なグリーン戦略

脱炭素に官民投資150兆円実現へ、イノベーション創出がカギ

日本は2030年までに温室効果ガスを13年度比46%削減する野心的な目標を掲げ、そのために150兆円の資本が必要であることを表明、脱炭素移行戦略は野心的だ。岸田文雄首相は10月に都内で開催された 国連の責任投資原則(PRI)年次会議で、七つの年金基金がPRI署名に向けて作業を行う旨を表明した。実現すれば日本のESG投資への大きな後押しとなろう。また、気候変動関連の投資信託市場が縮小する中、ESG投信の監督指針改正はグリーン市場に一定の信頼性を与えるものとなろう。

気候変動対策やイノベーション創出のため資本動員

日本のESG(環境・社会・企業統治)関連投資は、政府が掲げる官民150兆円もの資本動員目標達成によりモメンタムが高まるだろう。今年10月初旬に都内で開催されたPRI年次会議において岸田首相は、年金積立金監理運用独立行政法人(GPIF)も署名しているPRIに、少なくとも七つの公的年金基金が今後署名に向け作業を行うと表明した。2015年には、運用資産額134兆円だったGPIFがPRIに署名したことで国内ESG投資が普及し始めている。7基金合計の保有額は90兆円規模に上るもようで、ESG投資に少なからぬ影響を与えると考えられる。

また政府は気候変動対策に積極的だ。日本は2030年までに温室効果ガスを13年度比46%削減することを目標として掲げている。同首相演説においては、23年度中の「クライメート・トランジション・ボンド」の発行、そして同債券による調達資金を利用した、10年間で20兆円規模の国による先行投資が強調された。加えて、グリーンビジネスを含むスタートアップへの投資額を5年で10兆円とすることも表明。さらに、カーボンプライシング実施方針を含む基本的戦略も強調した。その後10月11日には東京証券取引所がカーボン・クレジット市場の開設を発表。これら一連の動きから、日本政府と市場の気候変動に対する強いコミットメントが読み取れよう。

首相演説と市場のESG投資・気候変動関連動向まとめ

Source: PM Office

ESG投資、90%縮小も金融庁が監督指針改正でサポート

日本の気候関連投信市場は縮小し、これからも強い下方圧力がかかる可能性がある。日本の気候変動含むESG投信は、23年年初から9月までの設定額が16億円程度しかなく、これは前年通年の10分の1に満たない。株主も気候変動に関する提案に対して一枚岩ではない。23年の株主総会では、環境問題、とりわけ気候変動問題に対して株主提案があったことが目立った。内容は全てパリ協定目標を達成するための計画策定やその開示であり、三菱商事やトヨタ、東京電力といった、業界を代表する事業会社やメガバンク3行に対して提案が出された。一方で、各社賛成率の平均は17%と、可決の67%からは程遠い。東京電力は同10%でトヨタ自動車は同15%。12の主要機関投資家のうち、トヨタに対する株主提案に賛成を表明したのは2社のみだ。

しかし、首相演説で述べられた施策は、ESG市場のモメンタムを高めるきっかけになると考えられる。また、金融庁が発表したESG投信監督指針改正は、市場縮小に拍車をかける可能性はあるものの、グリーンウォッシュを防ぐことでグリーン市場の信頼性回復に貢献すると期待できよう。

現実と課題

日本はCO2削減比率19%も、新エネルギー源や電動車への移行が必要

日本の温室効果ガス排出量は、2022年3月期時点で目標基準時の14年3月期比17%減、二酸化炭素(CO2)に限れば同19%減と、大きく減少している。一方で排出量の40%が電力等エネルギー転換部門、17%が自動車等運輸部門と大きな比率を占めており、一段の全体排出量削減にはこれらの部門での削減が欠かせない。エネルギー転換部門では再生可能エネルギーの発電容量が増加しているが、水素やアンモニアといった新しいエネルギー源への転換が一層の排出削減に役立つだろう。自動車では、ガソリン車から電動車への移行が重要だが、価格の高さや充電ステーションの少なさがさらなる成長の足かせになるとみられる。

脱炭素は発電所や工場、自動車のCO2排出抑制が鍵

日本の脱炭素は、発電所や工場、自動車から排出される二酸化炭素(CO2)の抑制がカギとなる。2022年3月期における日本の温室効果ガス排出量は合計11億7000万トンだった。コロナ禍からの経済活動の回復を背景に前年比2%増加したが、目標の基準時となる14年3月期比では17%減を達成している。排出される温室効果ガスのうち9割がCO2だが、CO2の削減率は14年3月期比で19%と、他の温室効果ガスよりも大きい。

CO2の部門別排出比率は、発電所や製油所からなるエネルギー転換部門が40%、工場等の産業部門が25%、そして自動車が含まれる運輸部門が17%となっているが、21年3月期からの経済活動の回復によりこれら3部門はCO2排出量を増加させている。排出量削減には、エネルギー転換部門では再生可能エネルギーや、水素、アンモニアへの燃料置換が有効だ。産業部門や運輸部門では、排出原単位の改善が、経済活動が拡大するなかでも排出を抑制できるカギとなろう。

再生可能エネルギー増、水素やアンモニアも加えて脱炭素社会に貢献

日本の発電では主に化石燃料が使用されているが、再生可能エネルギー由来の発電量も増加して脱炭素社会の実現に貢献している。14年3月期には、発電容量に占める天然ガス、石炭、石油の比率は計90%で、22年3月期も、減少したとはいえ73%と高い水準だ。22年3月期の原子力発電比率は7%と、前年、前々年と比較して大きな変化はない。一方で、再生可能エネルギーである水力、太陽光、バイオマス、風力、地熱を合わせると20%となり、14年3月期と比べると発電容量は78%増加した。

また既存の火力発電施設の燃料を水素やアンモニアに置き換えることも脱炭素には効果的で、例えば2、3基の水素火力発電への移行が実現すれば、日本の年間自動車販売台数分を燃料電池車に置き換えるのと同等の炭素排出低減が得られるとの試算がある。 アンモニアは石炭との混焼も可能なため、段階的に石炭比率を下げる効果が期待される。 寄稿アナリスト 北浦 岳志(機械)

電動車が新車販売をリードも価格がハードルに

22年の日本の自動車販売のうち48%がガソリン車やディーゼル車といった化石燃料車で、52%がハイブリッド車(HV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)、電気自動車(BEVあるいはEV)、燃料電池車(FCV)を含む電動車だった。電動車新車販売比率は18年から12ポイント増加しており、特にHVの販売比率が増加しているものの、半導体不足で直近数年は足踏みしている可能性が高い。今後、半導体不足の解消に応じてHVの販売は伸長していくとみられ、24年中には新車販売台数の過半に達するだろう。しかし、価格の高さ、充電ステーションの少なさによってBEVは伸び悩む公算が大きい。

また、EV等電動車への段階的なシフトによって、550万人の雇用を抱えていると言われる自動車および自動車部品産業は、ビジネスポートフォリオを徐々に変化させていくことができると思われる。 寄稿アナリスト 吉田 達生 (自動車)

グリーン目標への刺激策

日本は1.3兆円もの予算でグリーン政策を後押し

日本の温室効果ガス排出量のうち、自動車産業を含む運輸・交通セクターと電力等エネルギー転換セクターの合計が約60%を占めており、前者は新車販売における電動車比率100%、後者は再生可能エネルギー使用率40%の目標を掲げている。政府は2024年度予算に約1.3兆円を計上し、上記二つの産業を含む幅広い分野でグリーン政策を推進するもくろみだ

自動車セクター:2035年までに新車販売で電動車100%

自動車産業を含む日本の運輸・交通セクターは、日本全体の二酸化炭素(CO2)排出量のうち17%を占めている。特に自動車産業においては、次世代自動車、すなわち電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHEV)、ハイブリッド車(HV)と化石燃料車の新車販売比率が足元でおおむね50%ずつとなっている現状に対し、2035年までにEV等の新車販売比率を100%とすることが目標として掲げられている。

日本政府は30年までに全国の充電ステーション網を23年時点の10倍となる30万台に増やす計画で、充電インフラ整備補助事業に22年度補正予算・23年度当初予算として計175億円が計上されている。また消費者のEV等購入を促進するためクリーンエネルギー自動車導入促進補助金として合計900億円が両予算に計上されている。

電源構成目標:化石燃料由来発電を30%減

日本の電力産業を含むエネルギー転換セクターのCO2排出量は、排出量が最大の部門で全体の40%を占めている。電力産業の脱炭素目標は水力、太陽光、風力、地熱、そしてバイオマス燃料由来の発電を増やすことで、現在は燃料全体の20%程度である上記再生可能エネルギー比率を30年度まで少なくとも36%としたい考えだ。再生可能エネルギー比率を高めることで、化石燃料由来の発電は現在の73%から43%にまで、30ポイント程度下げられる見込みである。

また、原子力をエネルギー源とする発電比率については野心的な目標を掲げ、原子力発電が現在全体発電容量の7%を担っているのに対し、30年度までに少なくとも20%へと引き上げることを目指している。これは全36基の原子力発電所のすべてを再稼働させることを意味するが、現在は10期が再稼働しているのみで、4基は稼働待ち、残りは審査中か未申請という状況だ。

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