【コラム】賃上げに沸く日本経済、望む変化はまだ先か-リーディー

本稿は、ブルームバーグ・オピニオンのコラムニストのリーディー・ガロウド氏が執筆し、ブルームバーグターミナルに最初に掲載されました。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません。

全日本金属産業労働組合協議会(金属労協)が掲げているのは「確かな雇用、確かな未来」というスローガンだ。

今年の春闘は労働組合側にとってここ30年で最良の結果となった。日本経済の方向性を変えることになるとの見方やニュースが広がった。海外投資家は日本銀行が物価高とともに給料も伸びていると確信し、長年の金融緩和政策を変更するかどうかを注視している。

だが金属労協のスローガンが示すように、働く側は賃金上昇よりも雇用の安定をはるかに重視している。そのため、今回の春闘は、いわば誇大広告で、アベノミクス初期のような一過性の賃上げであり長期的な賃金トレンドにほとんど影響を与えない公算が大きい。

ドルベースで見ると、日本の平均賃金は依然として主要7カ国(G7)で最も低く、実質的に30年間停滞したままだ。高齢化が進む中で介護などの重要セクターでは、必要なスキルを備えた海外人材にとって日本で働く魅力が薄れている。実質賃金が過去10年近くで最も大きく低下している要因は、インフレに円安が重なったことだ。

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雇用の安定は働き手にとってもろ刃の剣だ。日本は他の多くの国々に比べ、人員解雇や不況時の給料引き下げは非常に困難だ。労働力は長期的な固定費となり、好景気であっても企業が賃上げしようとしないため給料は抑制されたままとなる(過去10年間、大企業がそうだった)。

元日銀審議委員で現在は野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内英登氏は、インフレ率以上に企業が基本給を上げることは理論的にあり得ないとし、経済的に最善の利益を得るために行動する必要があるのが企業だと指摘。リスク軽減のため、企業が決めるのは常に緩やかな賃金の伸びだと話す。

成長を促すのではなく、衰退を管理したとしばしば批判された白川方明元日銀総裁は回顧録「中央銀行:セントラルバンカーの経験した39年」で、日本は欧米と異なり、名目給料を減らすことで雇用維持を優先させたと説明。その見返りが、賃下げを反映した慢性的で緩やかな物価の下落で、こうした物価動向と低失業率は、同じコインの表と裏だったとの見方を示している。

そうした決定の直接的な結果が、輸入コストがインフレ率を押し上げる中で実質賃金が下落している現状だ。労働市場が大きく変化した一方で、日本の雇用制度をいまだ大きく規定しているのが戦後の好景気期に専門外の大卒者を大量採用した「昭和モデル」だ。日本経済の低迷期における最大の変化は、契約社員やパートタイマーといった解雇が容易で一般的に賃金が低い非正規労働者の増加だった。

岸田文雄首相は賃上げを政策の中核に据え、労働市場の流動性を高めるよう求め、働き手に「リスキリング(学び直し)」のインセンティブを与えるよう促している。政府は6月に閣議決定する予定の「経済政策運営と改革の基本方針(骨太の方針)」にこうした取り組みを反映させたい考えだ。

ただ、事なかれ主義の首相では、従業員の解雇を容易にしたり、従業員解雇時のコストを明示する新たな契約形態案などのアイデアを実現させたりすることはできないのではないかという疑念は根強い。

いずれにせよ、成果主義に基づく賃金で勝ち組を優先する制度は、必然的に負け組を増やすことになる。そのような改革がどのようなものかを考えずに「改革」という言葉を振り回しても意味がない。外国からは30年にわたる低成長にもかかわらず、日本には社会的機能不全が比較的少ないと指摘されることが多い。

これと対照的なのが、今「失われた10年」を経験している英国だ。欧州連合(EU)離脱の政治的混乱や継続的なストライキなど、英国では衰退へのいら立ちが高まっているように見える。

日本のあるアンケートでは、職場に「働かないおじさん(おばさん)」がいるとの回答が約6割に達した。ウィキペディアでも取り上げられたこうした現象は日本のオフィスにまん延している。ただ、1990年代に自殺とホームレスが急増したのは、バブル崩壊後の企業倒産で雇用が大きく減っただけでなく、働き手の社会的地位も急激に変化したためだ。

日本はこういった社会的混乱が繰り返されることを警戒している。若い世代には不公平に見えるだろうが、改革は何年もかけて進めるのが最善かもしれない。変化への対応力が最も弱い高齢者でも有能なら、定年後に大幅に報酬を減らした契約で再雇用するのではなく、元の給与で雇用し続けるべきである。韓国や中国の企業が何年も前から行っているように、企業に対しても他社から貴重なベテランを引き抜くことを促すべきだ。

もちろん、現行システムもまた、負け組を生んでいることを忘れてはならない。自民党の松川るい参院議員は成果主義的なシステムを推進することが男女の賃金格差解消に役立つと強調。日本では新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)時に若い女性の自殺が増えたが、非正規雇用とみられるこうした人々が、パンデミックの影響を最も大きく受けたためだとする意見もある。

日本は岐路に立たされている。インフレで物価が上昇し一世代に一度の危機を迎え、働き手が国際標準に見合った報酬を得られていないとの認識が強まった。それでも、春闘で期待されるような変化はすぐには起きないだろう。バブル崩壊後の数十年間、現在の構造は歴代政権に資するものだった。今回の春闘を再考する中で、日本は幾つかの厳しい選択をする必要がある。

原題:Japan Wants Wage Winners. Is It Ready for Losers?: Gearoid Reidy(抜粋)

This column does not necessarily reflect the opinion of the editorial board or Bloomberg LP and its owners.

本稿は英文で発行された記事を翻訳したものです。英語の原文と翻訳内容に相違がある場合には原文が優先します。

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