Read the English version published on June 16, 2021.
本稿はブルームバーグ・エコノミクスのエコノミスト増島雄樹が執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されたものです。(2021/06/16)
世界経済の回復に伴い、円は対ドルで、日米金利差の拡大と円の避難通貨としての需要減少という二つの点で、脆弱(ぜいじゃく)になりつつあります。ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の為替モデルは、米国がコストプッシュ型のインフレに直面する中で円は弱くなり、特に長期債利回りの変化に敏感であることを示しています。
ドル・円相場の向こう2年間の見通しを判断する上で、われわれの為替予測モデルは日米の長短金利差に加え、新型コロナウイルス感染症流行下での内外の経済活動の差、また、リスクセンチメントを測る指標としてシカゴ・オプション取引所(CBOE)のボラティリティー指数(VIX)を採用し、3つのシナリオを検討しました。
円の見通し - 3つのシナリオ
(出所)ブルームバーグ・エコノミクス
- 基本シナリオでは、2021年末の円の対ドル相場は1ドル=110円20銭前後で推移し、22年末には111円60銭までわずかに円安になると考えている。これは、米国の10年国債利回りが22年の各四半期に12.5ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)上昇するのに対し、日本の10年国債利回りは22年の各四半期に2bpしか上昇しないことを前提としている
- 日本経済が再び低迷するシナリオ、例えば、東京五輪後に新型コロナ患者が急増するケースには、輸入が急減して悪い形で貿易黒字の増加や危機時の円高傾向が再燃し、21年末には102円まで円高が進む可能性がある
- 世界経済の上振れシナリオでは、米連邦準備制度理事会(FRB)がコンセンサス予想よりも早期に利上げを行うと仮定。22年には114円を超える円安になる可能性がある
長期のイールドカーブの変化はドル円により強い影響
(出所)ブルームバーグ・エコノミクス
3月時点の分析では、短期利回りの差と避難通貨需要が、現在よりも円に対して影響力を持っている傾向がありました。3月時点の予測との主な違いは以下の通りです。
- 日米の長期イールドカーブの差の拡大は、より強い為替の変動要因となる。2年物-10年物のイールドカーブ・スプレッドが1%ポイント拡大すると、6月上旬の時点では3.0%の円安となると推計され、3月中旬時点での2.0%から影響が増している
- 一方、日米の短期利回りの差が為替に与える影響は弱まっている。6月上旬で2年物国債利回りの差1%ポイントの変化につき3.0%、3月中旬では6.6%だった
- 3月以降のワクチン接種の進ちょくにより、今年の日本経済の下振れリスクが軽減され、22年の見通しも改善される中、米国経済のより確実な回復が期待され、円の避難通貨需要が少なくとも一時的に減少している
基本シナリオ
基本シナリオでは、FRBが22年末まで利上げを行わず、米国経済の好調さが22年の米長期利回りを上昇させるとの前提に立っています。また、日本銀行は少なくとも22年末まで、翌日物の政策金利をマイナス0.1%に据え置き、10年物国債利回りの目標値を0%程度に維持すると見込んでいます。
- その結果、日米の長期利回り差が非常に緩やかに拡大し、22年末には111円60円まで円安が進行する
- 避難通貨需要は為替相場にほとんど影響しない
楽観シナリオ-米国の利上げの早期化
このシナリオでは、財政刺激策の強化に伴う景気回復の強まりを背景に、21年第4四半期にFRBの利上げによる引き締めが始まると想定しています。フェデラル・ファンド・レートは四半期ごとに25bpずつ上昇し、24年には3%に達し、好調な米国経済による日本の経済成長の後押しで、日銀は22年第1四半期にマイナス金利政策を終了すると想定します。
- その効果、日米の翌日物の利回りの差は、基本シナリオと比較して、21年第4四半期に25bp、22年第4四半期に115bp拡大する。良好なセンチメントの中、市場のボラティリティーが低下して円買い需要が減少する
- 結果として21年第4四半期には112円70銭、22年第4四半期には114円50銭まで円安が進む
悲観シナリオ-パンデミックの再発
悲観シナリオでは、感染の波が日本の内需を押し下げ、輸入を減少させ、貿易黒字を拡大させます。また、米中関係が悪化し、金融市場のボラティリティーが高まる可能性を織り込みます。
- 21年第3四半期のVIXは、市場心理の悪化により基本シナリオと比べて25ポイント上昇する可能性がある
- 円は、危機時の円買いと日本の貿易黒字の拡大という2つの要因から上昇圧力を受ける
- これにより、21年第3四半期には102円50銭まで急激な円高が進行する
- 日銀は、追加緩和や緩和の長期化による副作用を緩和するために3月にまとめた措置を活用しつつ、マイナス金利をさらに引き下げる可能性がある
- この結果、22年末までに105円まで緩やかな円安・ドル高傾向が進む
BEの為替モデルによる試算
(出所)ブルームバーグ・エコノミクス
BE為替モデルの主な特徴
日米の長短国債利回りの差、貿易効果(内外活動の格差)、避難通貨としての円の需要が、円の為替レートを動かす重要な要因として織り込まれています。
- BEの推計する日本と世界の日次活動指数(コロナ前の水準=100)の差が1ポイント上昇すると、パンデミック下では0.26%の円安になるとモデルは示唆している。日本の活動が活発になると、輸入が増えて貿易赤字が拡大するという市場の思惑が影響している可能性がある
円の避難通貨効果の変化
(出所)ブルームバーグ・エコノミクス
- 6月上旬の時点では、VIXの変動が円の対ドル相場に与える影響はほとんどないと考えられる。一方、昨年の円は避難通貨の傾向を示していた。VIXが10ポイント上昇すると、20年には平均で0.7%の円高になると推計される
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