IBORの終焉―アジアの対応

本稿は、Matthieu SachotとOlivier GarciaがRegulation Asiaに寄稿したもので、著作権はブルームバーグが所有しています。

EUのMiFID II(第2次金融商品市場指令)のケースと同様に、LIBORからの移行は実施日になってもその全容は明らかになっていないでしょう。しかし準備を早く始めるほど実施に伴うリスクが軽減され、長期的に見ればコストも安くなるということは金融機関も既に理解しているはずです。

中央銀行や業界団体も何もしていないわけではありません。市場参加者の動きが遅い場合に備えて、対応策や移行に伴う損失の推計などを始めています。アジア各国の中央銀行も、不正操作問題で信頼性が失われたIBORをベンチマークとする現行モデルから新たな自国ベースのベンチマークへの円滑な移行を目指して、対応策の検討を開始しています。

アジアで使われている金利ベンチマークとIBORの相違点の第一は、アジアのベンチマークの多くが各国中央銀行により直接算出されているため欧州金融ベンチマーク規制(BMR)の対象とならない点で、今後国ごとに既存の金利ベンチマークを改定して新ベンチマークとする可能性が高いと思われます。日本ではTONAR(Tokyo Overnight Average Rate―東京翌日物平均金利)と呼ばれる無担保コール翌日物レートが使われ、オーストラリアではバンクビルスワップレート(BBWS)が使われています。また、米国、英国、スイスは、LIBORおよび呈示ベースのレート設定方式を金利ベンチマークとして使用しない旨を公表しています。

一方で、先日リスクマガジンが報じたように、アジアでよく使われている3つの為替レートベンチマーク(韓国のKFTC18、フィリピンのBappeso、台湾のTAIFX1)は当局の規制に服していない団体やブローカーにより管理運営されているためBMRの対象となる可能性があります。BMRはEUの監督下にある金融業者に対して認可を受けていないインデックスやベンチマークの使用を2020年1月1日以降禁止していることから、上記ベンチマークの使用を継続するためには2020年までにEUの認可を受けるか、認可を受けたアドミニストレーターに算出を移管する必要があります。

アジア新興市場は、流動性が高い米ドルLIBORとの相関が強くその金利システムに強く依存しているため、移行の影響を最も強く受けると思われます。

先日国際スワップ・デリバティブズ協会(ISDA)が行った調査にもある通り、市場参加者はベンチマーク改革に対処するために十分な準備期間を必要としています。本稿では、既に公表されているLIBOR停止とアジアにおける新ベンチマーク移行準備の状況、および金融機関が今から準備計画に盛り込むべきポイントについて解説します。

LIBORについて

  • LIBORとは、ロンドンインターバンク市場における無担保調達レートの平均値です。インターバンクレート(IBOR)をベースとする金利ベンチマークは幾つかありますが、主要通貨は5種(米ドル、ポンド、ユーロ、スイスフラン、円)、満期は7種(オーバーナイト、1週間、1カ月、2カ月、3カ月、6カ月、12カ月)あり、より長い満期の参照レートの推計にも使われます。
  • 現在のLIBOR運営機関(アドミニストレーター)はインターコンチネンタル取引所(ICE)です。LIBORは現在でも米ドル・ポンド・スイスフラン・円のデリバティブ契約の主要な金利ベンチマークとして使われています。LIBORを参照する金融契約は現在460兆ドル(想定元本グロス残高ベース)ありますが、その8割にあたる370兆ドルが米ドルLIBORまたはEURIBORを参照しています。
  • LIBORを参照する金融契約の8割は店頭デリバティブおよび上場デリバティブで、その総額は300兆ドルです(ISDAによる)。そのうち、米ドル建デリバティブは165兆ドル、ユーロ建デリバティブは135兆ドル(米ドル換算)
  • また、ISDAによれば、日本において円LIBORおよびTIBORを参照する金融契約の総額は、それぞれ、円LIBORを参照するデリバティブ、債券、ローンが30兆ドル、TIBORを参照するデリバティブ、債券、ローン(ユーロ円を含む)が5兆ドル
  • 実際には、LIBOR移行の影響は、主として銀行業務(コマーシャルバンキング、投資銀行、プライベートバンキング、リテールバンキング)で大きく、また程度や内容の差はあるものの、アセットクラス、部門(フロントオフィス、財務、経理、法務、営業など)や業態を問わず金融業界とその顧客に幅広く及ぶと考えられます。

LIBORからの移行―代替ベンチマークとベーシススプレッド

アジア市場では、各国および地域全体の流動性維持のためにさまざまな独自の金利ベンチマークが使われてきました。しかし、LIBORの存在感が強すぎるため市場参加者の関心は限定的で、広く使われるには至っていませんでした。

  1. LIBORはインターバンク市場における無担保借り入れレートの市場コンセンサスにより決定されますが、金融危機、不正操作問題を経て、インターバンク市場の取引が大きく減少しました。これは、LIBOR算出に必要な実取引が不足していることを意味し、2018年から2019年以降もLIBORをベンチマークとして使い続けることに疑念が生じかねない状況になっています。
  2. バーゼルⅢに端を発するインターバンク借り入れへの禁止的とも言えるプルーデンシャルルールの導入と、より流動性が高くリスクが低い調達ソース(レポ、債券、預金)を選好する流れが、欧州、米国のみならず日本やオーストラリア、香港においても上記のトレンドを加速させています。中国のSHIBORも注目を集めています。
  3. LIBOR不正操作問題が、インターバンク調達コストの代表的ベンチマークとしてのLIBORの信頼性を損ないました。
  4. 英国の金融行為規制機構(UK FCA)は、銀行に対するLIBOR算出のためのレート提出義務を2021年末に撤廃すると発表しました。これによりLIBORに対する信頼が一段と揺らぐとともに、可能性は低いものの公表が停止されるリスクも出てきました。
  5. 金融安定理事会(FSB)は主要金利ベンチマークを調べた結果、期間信用リスクが含まれるLIBORのような金利ベンチマークよりも、リスクがほぼゼロに近い金利ベンチマークの方が望ましいとの提言を行い、アジア各国の中央銀行もそれに続きました。

このような経緯を経て、各国当局もLIBORからリスクフリーレート(RFR)をベースとする金利ベンチマークへの移行を支持するようになりました。各国中央銀行、業界団体、取引所などにより多くのイニシアティブやワーキンググループが立ち上げられ、代替ベンチマークに関する議論が進みました。その結果、米国FRBが提唱する担保付翌日物調達金利(SOFR)、ポンド翌日物平均金利(SONIA)、スイス翌日物平均金利(SARON)、TONARなどが候補として挙がっています。

日本銀行は、日系および外資系銀行との勉強会を経て、新たな翌日物金利(TONAR)を使用するリスクフリーレートへの対応を先日まとめました。しかし、TONARへの移行に関して市場でのコンセンサスはまだ得られていません。

欧州証券市場監督局(ESMA)によると、欧州ではEURIBORの代替ベンチマークについて2020年後半までにまとめることとなっています。

それではどの分野でローカル代替ベンチマークが最初に使われるようになるでしょう。ヘッジやアセットスワップ、債務スワップが先行すると思われますが、当初は流動性不足が懸念されることから、LIBORをベンチマークとする既存のローン、債券、デリバティブとのベーシススプレッドも重要となる可能性があります。

LIBORと代替ベンチマークの主な相違点

新たな金利ベンチマークは、LIBORやEURIBOR、TIBORとは金利水準に差が出る可能性があります。特に金融市場が不安定な状況ではIBORよりも低くなり、埋め合わせのために「上乗せ」が必要となる可能性があります。ストレステスト期間中にはインターバンク市場やベーシスリスク、金利のタームストラクチャーが大きく動くのと同じです。

  1. 新たな金利ベンチマークは実取引に基づく翌日物レートですが、IBORは予測に基づくタームプレミアムを含んだレートです。翌日物金利は将来の支払可能性を考慮しないことから、投資家や発行体にとっては情報量が減ることになります。
  2. LIBORのテナーは短期債務の一般的な満期(特に1カ月と3カ月)と一致していますが翌日物レートはインターバンク市場外のレートです。
  3. LIBORは無担保ですが、新たなベンチマークは有担とすることもできます。これは銀行のクレジットリスクに係るクレジットスプレッドが存在しないことを意味します。
  4. LIBORから代替ベンチマークに移行するに伴い、相対的に汎用性・一貫性が高いLIBORの設定方法や期間構造ダイナミクス(特にブートストラップ法)が使えなくなり、代わりに各市場や通貨の特性に基づく複数の金利ベンチマークと設定方法を使用することになります。

市場の不透明要因とフォールバックの必要性

  • アジア、欧米のローン市場では、1つのファシリティから異なる通貨を引き出す場合、LIBORの上乗せ幅(マージン)は現在同一です。しかし、通貨ごとに異なるベンチマーク(例えば有担保と無担保)が使われる場合には異なるマージンが必要となる可能性があり、その場合にはベーシススプレッドのリスクも発生します。
  • 変動利付債(FRN)の金利が利息期間の期初に設定されない場合、売買取引が難しくなります(変動利付債、リバース変動利付債など)。
  • LIBORを参照する金融商品の契約について、フォールバック(代替策)を検討する必要があります。フォールバックはアジアを含む先進国市場では一般的なもので、通常は一時的な事態に対応するために発動されます。しかし、今回のLIBOR停止は恒久的なものとなる可能性があり、実務上の対応が難しくなります。デリバティブ商品のフォールバックについては、LIBORを参照する新規のデリバティブ契約と既存のデリバティブ契約の双方をカバーする必要があります。
  • ローンや債券の市場には、デリバティブ市場と異なり、契約改定のための関係者による議論の場が存在しません。
  • ローン市場については、代替ベンチマークに移行する際にLIBORを参照する契約の改定交渉が必要となります。改定交渉のリスクを軽減するためにローンに関する規定を含めることも考えられます。
  • 債券市場についても債券要項の改定交渉が必要となりますが、(ローン市場と異なり)すべての社債権者の特定が難しいという問題があります。
  • デリバティブ市場では、LIBORをベースとするタームストラクチャーとプライシングの枠組みが既に確立されています。新たな金利ベンチマークを使ってバリュエーション・インフラを再構築するには多くの技術的問題があり時間もかかります。また、グループレベルで新たなリスクアプローチを検証する必要があることも長い時間がかかる要因の1つとなります。

金融機関がやるべきこと

不確定要素が多いことから、金融機関が必要な作業をすべて開始することは不可能な状況です。しかし、今から対応をスタートさせ、将来の移行を円滑に行うための具体的なアクションを今取り始める必要があります。具体的には、エクスポージャーの量および複雑性のチェック、損益への直接・間接の影響の査定、リスクの計測などです。これらの作業を先行して行うことにより、市場をリードする存在となることが重要です。

この点についてはアジアも例外ではありません。現在議論が進められている有担・無担の翌日物金利ベンチマークを使って先行して準備を進めることにより、他社に差をつけることができます。しかしながら、アジアの金融市場参加者は自らの市場とローカルの代替ベンチマークに注力するだけではなく、欧米市場との相関性やそこからの波及効果にも注意する必要があります。

アジア市場の課題の1つは、「ダブル・スピード・アプローチ」が必要だという点です。国際的な顧客はグローバルな流動性を求めて急速な変革を求める一方で、自国あるいはアジアにはアジア地域の代替ベンチマークを選好しより緩やかな変革を望む顧客が存在します。ちょうど2008年金融危機後のアジア通貨のケースと同じです。

必要なステップ

  • 各分野の調査を担当するタスクフォースの立ち上げ:
  • すべての部署において損益、顧客、リスク、法務、システムへの影響を調査します。ハイレベル行動計画と一元管理が可能なプロジェクトストラクチャーを策定します。
  • グローバル金融機関のアジアオフィスは規模とプライオリティーの面で本社の優先度が落ちるため、本社の移行計画に頼りすぎるとアジア市場における変化のスピードが制限されてしまう可能性があります。
  • 新規契約引受の法的ポジションに関するリスクインパクト評価を行います。顧客リレーション、レピュテーションリスクなどに関する高レベルのインパクト推計とモデルを使用します。
  • トレーディング、清算、会計、税務、データ管理および移行などインフラへの影響を調査します。変更計画の食い違いを防ぐためにグローバルアプローチまたはリージョナルアプローチが必要となります。
  • 会計、税務、ALMなどの影響については定量的影響調査(QIS)が必要となります。
  • 顧客交渉や通信などの分野で改訂が必要となる契約書類を特定します。
  • アジアには多数の通貨が存在するため、ローカルベンチマークによる流動性の奪い合いが起きる可能性があります。そのため、契約書改定交渉は大変複雑な作業になります。
  • 新商品、トレーディング戦略、ミドルオフィス、バックオフィス、成長市場へのビジネス面およびオペレーション面の影響を調査します。代替ベンチマーク選択にあたっては、市場の流れを見極める必要があります。オペレーションはアウトソースされることが多いため早めの計画が必要です。
  • 契約価値およびキャッシュフローの変化による経済的影響とバランスシートへの影響を調査します。
  • プライシングモデルとリスクフレームワーク、およびそれらに金利ベンチマークがどう組み込まれているかについて技術的影響を調査します。
  • ベンダーが提供するプライシングツールを使用している場合、移行計画がベンダーの準備状況に左右されてしまうという問題があります。
  • 在庫分析:OTC契約書類がデータベースまたはデータレイクでアクセスできる状態で保管されていない場合には、契約書類をOCRによりデジタル化し、フォールバック条項をスキャンして調査する必要があります。
  • 影響評価:
  • 主要なカウンターパーティーとの契約改定交渉(時価評価、取引証拠金などを考慮します)を早期に開始するためには、カウンターパーティーのLIBOR契約エクスポージャーを迅速かつダイナミックに評価するツールが必要です。規制および内部パフォーマンスメトリックスに関するシナリオを実行して、データモニタリングへの実際の影響を評価する必要があります。また、市場参加者とそのカウンターパーティーの行動、所在、適合性に基づいて、金利ベンチマークに関する明確なガバナンスを構築する必要があります。
  • 将来分析:What-if分析および実現可能性に応じてシナリオを調査、ランク付けし、共通する項目について作業を開始します。
  • 市場における自社のポジション戦略の策定:高いレベルの行動計画を策定するためにはグループ全体のガバナンス戦略が必要です。起こりうる結果を完全に理解することなくLIBORポジションを積み上げ続けるのは大変危険です。エクスポージャー、リスク、戦略を早期に理解すれば、市場コンセンサスの形成に大きな影響を与えることができますし、新たに定義された参照データ分野の先行グループに入ることができる可能性もあります。例えば、新たな金利ベンチマークに流動性を供給することができれば、新しいビジネスの獲得につながるかもしれません。大きな市場変化が起きるときにはいつもそうですが、孤立した先駆者になることも、他社の後塵を拝することも得策ではありません。
  • 堅実かつ現実的な工程表の作成:影響分析と変更への対応に十分な時間を取ることができるように、業界で合意された工程表に適合した形で社内工程表を作成します。

これら一連の作業に必要なワークロードを決して過小評価してはいけません。また、アジアが欧州や米国の動きを待つ必要もありません。ただ、未知のファクターが多すぎるため、様子を見ることが必要になる場合もあります。この大きな市場の変革に積極的に対応することが素早い行動を可能にします。市場動向を注意して観察していけば、他社が問題解決に時間を取られている間に、新しいビジネスチャンスをつかむことができるかもしれません。