航空セクター、脱炭素化には破壊的技術が不可欠:BNEF

Read the English version published on May 20, 2022.

本稿は、ブルームバーグNEFの商業交通チームリーダーNikolas Soulopoulosと航空スペシャリスト川原武裕が執筆し、ブルームバーグターミナルに掲載された記事(英語版)に加筆したものです。契約者様は端末で全文をご覧いただけます。

航空機の燃料効率向上(より少ない燃料消費で一定距離を飛行できるようになること)は、世界の航空セクターにおける二酸化炭素(CO2)排出量削減において重要な取り組みの一つです。日本でも、今年6月に航空法などが改正され、今後、国や本邦航空会社、空港による航空分野の脱炭素化計画策定や取り組みが加速していくと考えられます。世界の大手航空会社は、より燃料効率の高い航空機への更新を続けており、これによる一定のCO2排出量削減効果が見込まれます。

ブルームバーグNEFは、今後10年間、世界の航空機の平均燃料効率は、主に既存技術をベースとして向上し続けると予想しています。しかし、航空会社が2040年から2050年にかけてCO2排出量ネットゼロの目標を達成するためには、それ以上に破壊的な技術が必要になるでしょう。

この背景には、2つの理由があります。第一に、私たちが普段利用しているtube-and-wing型航空機(胴体部と翼が別々の航空機)では、燃料効率を大きく向上させる余地が少なくなっていくと考えられるためです。第二に、燃料効率の向上のみでは、航空セクターのネットゼロ目標を達成するのに十分ではないためです。実際、2019年から2050年の、世界的な航空需要の増加に伴う航空業界のCO2総排出量は、より燃料効率の高い航空機の導入による総削減量を上回る可能性が高いのです。

航空セクターのCO2総排出量見通し

Source: BloombergNEF

既存の技術により、航空機の平均燃料効率は向上

航空業界の平均燃料効率は、乗客1人または座席1つあたりに消費されるジェット燃料の量によって測ることができます。航空会社の運航コストのうち、燃料費は約30%を占めるため、燃料効率の向上は収益性に直結します。

1990年から2019年にかけて、世界の燃料効率は毎年平均2%以上向上しました。航空需要がコロナウイルスの影響から回復すれば、主に既存技術をベースに燃料効率の向上が続くでしょう。

例えば、エアバスA320neoやボーイングB787シリーズでは、プラット&ホイットニー社のギアードターボファンのような燃料消費の少ない新型エンジンや空力抵抗を減らすための翼端装置の採用したり、軽量化のための炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic: CFRP)の航空機重量に占める割合を高めることにより、従来機より大幅な燃料効率向上を達成しました。2024年に運航開始が予定されているボーイング社の新型機B777Xには、折り畳み可能な翼端装置が用いられ、飛行時に翼を伸ばすことで、より効率よく揚力を生み出すことができます。ch-aviationのデータによれば、エミレーツ航空、カタール航空、シンガポール航空、全日空などが、すでに合計345機のB777Xを発注しています(2022年7月8日時点)。一般的に、次世代航空機は、従来機と比べ座席あたりの燃料消費量を15〜20%削減することができます。

航空会社の燃料効率向上を促すものは技術だけではありません。航空機の老朽化(一般的に20~25年の寿命)や、政府、投資家、社会から受ける脱炭素化への要請や圧力も、航空機更新の動機付けになるでしょう。BNEFのレポート「航空機技術の見通し:燃料効率」によると、2022年以降に納入予定の単通路機および複通路機は、現在わかっているもので合計1万4000機近くに上り、そのうち少なくともその34%は2025年までに納入される見込みです。ch-aviationのデータによると、世界で稼働中の短通路機・複通路機総数は約2万1000機でした。

さらに、EUを拠点とする航空会社が負担しなければならない炭素コスト総額の増加は、より燃料効率の高い航空機など、CO2削減技術への投資を促す強いシグナルになると考えられます。BNEFのレポート「2022年上半期EU炭素排出権取引市場の見通し」では、EUの排出権取引制度における1トン当たり炭素価格が、2021年12月の平均価格80ユーロから2030年までに136ユーロに上昇すると予測しています。また、最近欧州議会が提出した航空セクターを対象としたEU炭素排出権取引市場の改革案(無償で割り当てられる排出枠の早期廃止、CO2以外の排出の対象化など)が承認されれば、欧州発便を運航する欧州域外の航空会社が負担する炭素コストも増加すると見込まれます。

短通路航空機の納入・発注状況

Source: ch-aviation, BloombergNEF. Note: The charts cover aircraft families ordered by May 31, 2022, which were already delivered (and currently active, under maintenance and repairment) and planned to be delivered. The initials of each aircraft family refer to Airbus (A), Boeing (B), Comac (C) and Магистральный Самолёт (MC). B737NG = Boeing 737 Next Generation.

2030年以降:航空機更新の大きな機会

2030年から2040年にかけて、短通路機及び複通路機の合計約1万2500機が機齢20年を迎えるため、多くの航空会社が機体更新への投資を強化し、2030年代後半には機体更新のピークが訪れる可能性があります。その際、tube-and-wing型航空機では、大幅な燃料効率向上の余地が小さくなっていると考えられます。そのため、従来機と比べて燃料効率を十数パーセント向上させるために、CFMインターナショナル社が開発中のオープンローターエンジンや、ストラットブレース翼機(胴体上部から左右に伸びる主翼を支える構造体があるため、従来機より長い主翼や直径の大きなエンジンの設置が可能)などの新しい航空機デザインといった破壊的技術が必要になっているかもしれません。

また、2030年代に導入される航空機の多くは、航空業界が総排出量ゼロを目指す2050年以降も飛行を続ける可能性が高いため、こうした技術開発は非常に重要です。しかし現時点では、エアバス社もボーイング社は、エアバス社の水素推進システム搭載航空機構想を除いて、新しい航空機開発計画を発表していません。

2040年までに引退可能性のある短通路航空機の数

Source: ch-aviation, BloombergNEF. Note: The chart shows number of narrowbody aircraft that reach 20 years of age in each year.

長期的な脱炭素化目標には、破壊的技術への投資が不可欠

ゼロエミッション航空機と持続可能な航空燃料(sustainable aviation fuel, SAF)の新しい製造技術は、長期的に航空業界がCO2排出量を削減するために最も重要な技術です。しかし、この2つの技術分野に取り組むスタートアップ企業への投資は、大手航空会社や航空宇宙関連企業、石油企業、ベンチャーキャピタル、政府による低炭素航空技術のスタートアップ全体に向けられた資金のごく一部に過ぎません。

2017年から今年の第1四半期までに調達された75億ドルのうち、65%はアーバンエアモビリティ(electric vertical-takeoff-and-landing, eVTOLまたは空飛ぶタクシーとも呼ばれる)やドローンを用いたラストマイル配送技術を開発する企業に向けたものでした。アーバンエアモビリティーは、航空業界全体の脱炭素化に取り組むというよりは、むしろ新たな航空需要を喚起する可能性があります。脱炭素化に向け、ブルームバーグNEFは、水素を動力とする航空機や電気航空機、SAFなどの技術に対し、迅速な投資規模の拡大が不可欠であると考えています。

低炭素航空技術スタートアップ企業への投資2017-1Q 2022

Source: PitchBook, BloombergNEF. Note: Activities in public markets are not included.

ブルームバーグNEFの商業交通チームは、商用車・航空・船舶分野の脱炭素化について、クリーン燃料、水素、蓄電池、炭素市場など関連セクターのチームと協力して分析を行っています。本稿は、ブルームバーグNEFの分析レポート「2022年上半期 航空分野の脱炭素化見通し」 「2022年 航空燃料の見通し」、「航空技術見通し:燃料効率」、「2022年上半期 EU炭素取引市場見通し」、及び 「低炭素航空技術スタートアップへの投資トレンド」を基に執筆したものです。ブルームバーグNEFによる詳しい分析は、ブルームバーグターミナルまたはブルームバーグNEFのウェブサイトにてご覧いただけます。ブルームバーグサービスに関するご案内をご希望の場合はこちらから

ブルームバーグNEFについて

ブルームバーグNEF(BNEF)は、世界の脱炭素化についての戦略的な分析を提供する、ブルームバーグのリサーチ部門です。各国のアナリストが、脱炭素社会の実現に向けての鍵となる最先端の技術、政策、金融動向を追い、排出量の多いセクターを中心にデータやリサーチを日々配信。政府・金融・企業の戦略立案者を中心とする幅広いユーザー層にご活用いただいております。

本稿は英文で発行された記事を翻訳したものです。英語の原文と翻訳内容に相違がある場合には原文が優先します。

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