本稿はブルームバーグエコノミスト増島雄樹によって執筆され、ブルームバーグターミナルに最初に掲載されました。
中国は⽇本の主要貿易相⼿国であり、観光収⼊源であるだけに、同国での新型コロナウイルス感染拡⼤は、必然的に⽇本経済を圧迫することになる。メインシナリオでは経済成⻑はわずかな減速にとどまるが、最悪のシナリオではマイナス成⻑に陥ると予想する。その影響は明らかに感染拡⼤の深刻度と期間に左右される。17年前に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の打撃は強⼒だったが、短期間にとどまった。観光産業の不振が主な経路だった。今回、SARSより危機が⻑引けば、輸出と投資への波及リスクは⾼まる。(本稿執筆時2月12日予測)
- 3つのシナリオを検討する。1つ⽬は⽇本経済への影響がSARS流行の半分程度。次にSARSと同程度の影響で、第1四半期がピークとなる場合。3番⽬はSARSと同程度の影響が第3四半期までずれ込むケースだ。
- メインシナリオでは、国内総⽣産(GDP)伸び率は0.1ポイント低下する。第2の悲観ケースでは0.2ポイント、そして最悪のケースの3番⽬では0.5ポイントの低下を⾒込む
- 新型ウイルスが発⽣する前は、2020年の成⻑率を前年⽐0.3%と予測していた。今回われわれの分析では、危機の深刻度に応じて0.2%のプラス成⻑から約0.2%のマイナス成⻑まで予想され、不確実性が増していることが⽰された
- 現段階では最初のシナリオが最も可能性が⾼いとみるが、より深刻なシナリオに傾くリスクは⾼まりつつある
3つの経済成長シナリオ−長期の感染拡大は景気後退リスクを⾼める
(出所)ブルームバーグ・エコノミクス、内閣府
⽇本経済への最終的な影響を予測することは依然困難だ。中国の混乱の程度と、経済がどれだけ早く回復できるかについて、不確実性が⼤きいためだ。⽇本の政策対応は、景気の先行きについてのもう⼀つの不確実性要素となる。
- 安全資産への需要を⾼める中国経済への⼤打撃によって、円⾼に振れる可能性がある。これは、⽇本の成⻑とインフレにさらなる下振れリスクをもたらし、潜在的には、⽇本銀行に対応策の検討を促すことになる
- ⽇本政府は既に、今年の財政刺激策を公表している。中国のウイルス危機がどのように進展するかに応じて、さらに追加圧⼒が⾼まる可能性がある
- ウイルス感染の拡⼤とそれを封じ込めようとする努⼒によって⼈々の活動と貿易が制限されている場合、従来型の景気刺激策はあまり効果的ではないとみられる。そのため、実質的に追加刺激策はウイルスが封じ込められた後に発動せざるを得ない。財政資⾦投⼊に対する景気拡⼤効果はその方が⾼くなるだろう。しかし、刺激策発動の遅延は、近い将来の成⻑に対する⼤きな下振れリスクを意味する。
⽇本の経常収⽀(出所)財務省、ブルームバーグ・エコノミクス
メインシナリオでは、経済への影響は、訪⽇中国⼈観光客の減少により、主としてサービス貿易の経路を通じてのみ表れる。
- ⽇本のサービス収⽀(観光を含む)は、1986年以降のデータで初めて2019年に黒字に転じた。
- 新型ウイルスによる短期的な混乱は、⽇本の旅⾏収⼊を徐々に削る可能性がある。
- 財(モノ)の輸出は軽度の悪影響を受ける可能性があるが、旅⾏収⼊への影響よりは軽微とみられる。⼀⽅、輸⼊も減少することによって、GDP成⻑率への影響は⼀部相殺される。
- 債券および株式への海外投資からの収益を含む第1次所得の黒字は、⾜元では⼤きな影響を受けないだろう。同所得の黒字は、現在の経常収⽀黒字の⼤部分を占める。
訪⽇外国⼈観光客−現在とSARS時の⽐較
(出所)⽇本政府観光局(JNTO)、ブルームバーグ・エコノミクス
2番⽬の悲観シナリオでは、中国の経済成⻑に⼀時的にブレーキがかかることを想定し、第1四半期の成⻑率が前年⽐4.5%に低下するとの前提を置く。
- 03年のSARS時は、訪⽇外国⼈観光客数の減少は1四半期の間、全体の4分の1が減少するにとどまった
- ⽇本の製造業の企業は、⼀般的に数カ⽉程度の海外調達部品の在庫を持っているとみられ、⼀時的な調達不⾜に対する緩衝材となる
- 第1四半期の減速後に中国の成⻑が回復すると仮定すると、繰り越し需要は第3四半期での⽇本の輸出を⽀え、20年全体の影響は限定的となる
最悪のシナリオでは、第1四半期と第2四半期の両方で、中国の成⻑率が4.5%にとどまると仮定し、⽇本経済に⼤きな損害を与える。
- 弱い中国からの需要は、⽇本の輸出と設備投資を⼤きく減少させる
- 中国からの訪問者の減少は、東京オリンピックが開催される7⽉と8⽉まで続く
- 訪⽇中国⼈観光客の⻑引く不振は、家計と企業のセンチメントを押し下げ、消費と投資に悪影響が及ぶ。懸念の兆候は既に内閣府公表の景気ウオッチャー調査に表れている
訪⽇外国⼈観光客数−3つのシナリオ
(出所)ブルームバーグ・エコノミクス、⽇本政府観光局(JNTO)
3つのシナリオの詳細な結果:
シナリオ1−メインシナリオ
• 新型ウイルスの混乱は、主に訪⽇外国⼈観光客の減少により、20年にGDP成⻑率を0.1ポイント減少させる
• 訪⽇外国⼈観光客は19年に前年⽐2.2%増加した後、20年には0.4%減少し、11年以来初めて前年⽐で減少する
• このシナリオでは、⽇本の旅⾏収⼊はGDPの0.85%であり、19年の推計値0.90%から減少している
シナリオ2−より深刻
• この場合新型ウイルスの混乱により、20年の成⻑率が0.2ポイント低下する(旅⾏収⼊で0.1ポイント、財輸出で0.1ポイント)
• 訪⽇外国⼈観光客は20年に4.9%減少する
• 旅⾏収⼊は、20年にはGDPの0.8%とより低くなる
シナリオ3−拡⼤危機
• この場合、新型ウイルスの混乱により、20年には0.5ポイント(旅⾏収⼊で0.2ポイント、輸出および企業投資では0.3ポイント)成⻑率が低下する
• 訪⽇外国⼈観光客は20年に17.4%減少する
• 旅⾏収⼊は20年にGDPの0.7%まで低下する