植田日銀が多角的レビュー着手、政策金利指針を廃止-YCC維持

本稿は、伊藤純夫が執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されました。(2023年4月28日)

日本銀行は28日の金融政策決定会合で、1年から1年半程度の時間をかけて多角的なレビューを行うことを決めた。政策金利のフォワードガイダンス(指針)は廃止した。長短金利を操作するイールドカーブコントロール(YCC)政策を軸とした現行の大規模な金融緩和策は維持した。9日に就任した植田和男総裁ら新たな正副総裁が初めて参加した。

発表文では、日本経済が「デフレに陥った1990年代後半以降、25年間という長きにわたって、物価安定の実現が課題となってきた」と指摘。その間に実施されてきたさまざまな金融緩和策が「わが国の経済・物価・金融の幅広い分野と、相互に関連し、影響を及ぼしてきた」ことを踏まえて多角的レビューを実施する。

2016年9月の総括的検証や21年3月の政策点検のような短期的な政策課題への対応とは一線を画した。

米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)は、長期的視点に立った政策検証をここ数年の間に行っている。FRBは19年初めから実施し、長期的に平均2%を目指す平均インフレ率目標の導入などの新たな枠組みを20年8月に公表。ECBは20年1月から着手し、21年7月にインフレ目標を中期で「対称的な」2%と、従来の「中期で2%を下回るがそれに近い水準」から引き上げた。

植⽥和男⽇銀総裁(10⽇)
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YCC政策の運営では、短期金利にマイナス0.1%を適用し、長期金利(10年物国債金利)はゼロ%程度を誘導水準とする方針を維持した。長期金利の許容変動幅も上下0.5%程度に据え置いた。

政策金利のフォワードガイダンスに関しては、前回会合まで「現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」としていた文言を削除した。引き続き企業の資金繰りや金融市場の安定維持に努め、必要なら「躊躇(ちゅうちょ)なく追加的な金融緩和措置を講じる」方針は維持した。

先行きの金融政策運営について「内外の経済や金融市場を巡る不確実性が極めて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していく」と説明。金融緩和バイアスを含む政策金利のフォワードガイダンスを削除する一方、当面は金融緩和を続ける姿勢を明確にした形だ。

農林中金総合研究所の南武志主席研究員は、「黒田路線を取りあえずは踏襲することを示した。1年半くらいレビューをするということなので、その間は大きな金融緩和の枠組みは変えないのではないか」と指摘。一方で、「イールドカーブコントールの運用を変えるなどの調整は、足元の経済物価状況に応じてやってくる」との見方も示した。

展望リポート

新たな経済・物価情勢の展望(展望リポート)で初めて示した25年度の消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)の前年度比上昇率の見通しは1.6%と、目標の2%に届かない姿となった。23年度は1.8%、24年度は2.0%と、前回1月の展望リポートからそれぞれ上方修正された。

物価見通しのリスクバランスは、「23年度は上振れリスクの方が大きいが、25年度は下振れリスクの方が大きい」と指摘。基調的な物価の動きに影響する需給ギャップは足元で小幅のマイナスになっているが、「今年度半ばごろにはプラスに転じ、見通し期間終盤にかけてプラス幅を緩やかに拡大していく」と予想した。前回の展望リポートでは22年度後半ごろのプラス転化を見込んでいた。

UBS証券の足立正道チーフエコノミストは、エネルギーも除くコアコアCPIの見通しが24年度の1.7%上昇から25年度は1.8%上昇に上振れているところがポイントと指摘。植田総裁は「インフレの基調が上がってきていると日銀が判断していると見せることにより、今後YCCの修正であろうがマイナス金利の修正であろうが、全く想定していないわけではないことを今回アピールした」とみている。

全国コアCPIは1月に前年比4.2%上昇と41年4カ月ぶりの高水準となった後、政府のエネルギー価格抑制策の効果で2月と3月は3.1%上昇に鈍化した。ただ、先行指標となる4月の東京都区部コアCPIは3.5%上昇と、食料品を中心に原材料高を価格転嫁する動きが継続し、前月の3.2%上昇から伸びが加速した。

ブルームバーグのエコノミスト調査では、9割弱が今回会合での現状維持を予想していた。ただ、植田総裁がYCCの副作用に言及していたこともあり、市場の一部ではYCCの修正や撤廃も見込まれていた。フォワードガイダンスが変更されるとの見方も出ていた。23年度から25年度のコアCPI上昇率の予想中央値はいずれも1.8%だった。

植田総裁は10日の就任記者会見で、先行きの金融政策運営について「現状の経済・物価・金融情勢を鑑みると、現行のYCCを継続するということが適当」とし、マイナス金利政策も続ける考えを示していた。

  • 日銀当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%の金利を適用
  • 長期金利がゼロ%程度で推移するよう上限を設けず必要な金額の長期国債を買い入れ
  • 明らかに応札が見込まれない場合を除き、長期金利について0.5%の利回りでの指し値オペを毎営業日、実施する
  • 金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、各年限において機動的に買い入れ額のさらなる増額や指し値オペを実施する
  • ETFとJ-REITはそれぞれ年間約12兆円、約1800億円に相当する残高増加ペースを上限に必要に応じ買い入れ
  • CPは約2兆円の残高を維持する。社債は感染症拡大前と同程度のペースで買い入れ、買い入れ残高を感染症拡大前の水準(約3兆円)へと徐々に戻していく。ただし、社債の買い入れ残高の調整は発行環境に十分配慮して進める
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