【コラム】日銀が投げた変化球、世界の市場揺らす-モス&リーディー

本稿は、コラムニストDaniel Moss、リーディー・ガロウドが執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されました。(2023年7月28日)

日本銀行は長年の超金融緩和へのこだわりを捨てるための小さな一歩を踏み出した。しかし、日銀が正常に近い政策へと勢いよく進むとは思わない方がいい。そのような動きが起こるとしても、ずっと先のことだ。

他の多くの中央銀行と異なり、日銀はまだインフレを引き起こしたい段階だ。日銀は7月28日の金融政策決定会合で一定の前進を認め、すぐにそのメッセージを打ち消した。

これが、今回会合の中途半端な結果を理解する鍵だ。日銀は長期金利の上昇を容認し、10年債利回りの上限0.5%が維持されると予想していた大半のエコノミストを驚かせた。しかし、植田和男総裁は、少数派が想定していたような0.75%への具体的な上限引き上げや、上限を完全に放棄することは控えた。

その結果、0.5%という数値は形式的に維持されたものの、それは厳格な上限ではなく「めど」ということになった。

日銀は10年物国債を利回り1%の水準で毎営業日、無制限に買い入れると発表し、0.5%は意味がなくなった。事実上、1%が新しい上限になる。では、なぜそう言わなかったのだろうか。

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急展開

28日のドラマが市場を揺るがせた理由は出来事の順序だ。植田総裁が発していた最近のコメントでは政策転換の必要性を強く感じてはいないように見受けられ、投資家はイールドカーブコントロール(YCC、長短金利操作)が少なくとも幾らかは解除されると見込んでいたものの、変化が差し迫っているという感覚はほとんどなかった。

ニューヨークの取引時間帯に日本経済新聞が、日銀がYCC修正案について議論すると報じ、波紋が世界中の市場に広がった。円は急騰し、米国債からオーストラリア国債に至るまで、あらゆる債券利回りが上昇。政策微調整の発表後は円相場と日本国債利回りが乱高下したが、その後どちらも上昇した。

「だから言っただろう」という強力な陣営がある。昨年12月に当時の黒田総裁が突然、10年債利回りの上限を2倍の0.5%に引き上げて投資家を驚かせる前から、変更の必要性がないと示唆していた発言に対しては懐疑的な見方があった。

このグループは、植田総裁が動くベストのタイミングは、何も期待されていない時だと考えていた。その意味で、YCCは為替レートのようなものだ。通貨ルールの変更を事前に宣伝することはない。それでは打ち負かそうとしている投機筋に出し抜かれてしまう。

実際、日銀の新たな言い回しの曖昧さはYCC、ひいてはマイナス金利の終了に賭ける取引を助長するばかりかもしれない。結局のところ、日本はもはやデフレの脅威にさらされてはおらず、経済はマイナス金利が導入された2016年のような不安定な状態にはない。

しかし、日銀の目標はインフレ率を2%にするだけでなく、その水準を安定的に上回るようにすることだ。消費者物価が上昇しても、植田氏は「任務完了」とささやくことさえ嫌がる。

同氏は世界経済が減速していた2000年8月に利上げを決定した日銀政策委員会のメンバーだった。利上げは翌年には巻き戻され、当時の速水優総裁が信頼を取り戻すことはなかった。植田氏にとって幸運だったのは、その時に利上げに反対票を投じたことだ。

今回、同氏は少し利口過ぎたかもしれない。植田総裁は緩和的でない方向にかじを切ったが、その代償は大きかった。

失策

ブルームバーグ・エコノミクスの木村太郎シニアエコノミストは、植田総裁は明確なコミュニケーターとしての評判を汚したとし、一貫してハト派的なシグナルを発信してきた同氏の行動は今や予測不可能で、タカ派的とさえ受け取られかねないと指摘した。

フォワードガイダンスの概念を生み出したとされる植田氏としては予想外の失策だ。黒田前総裁はサプライズに定評があったが、それは概して市場に衝撃を与えて行動を起こさせるためのものだった。

日銀は依然として長期金利の誘導目標を「ゼロ%前後」としているが、事実上1%を上限としている中ではもはや意味をなさない。声明が10年物利回りの3つの異なる目標に言及していることを考えれば、混乱する人がいるのも理解できる。

植田総裁は多くのことを同時にやろうとし過ぎているのかもしれない。同総裁が慎重な理由は理解できる。「賃金上昇を伴う2%の物価安定目標実現を見通せる状況に至っていない」からだ。

植田総裁は日銀の目標を、単なる物価上昇ではなく賃上げによる物価上昇へと拡大した。しかし、日本では毎年春に賃金交渉が行われるため、変化が経済に浸透するまでには時間がかかる。

心強いことに、日銀は企業の賃金・価格設定行動に「変化の兆しがうかがわれ、予想物価上昇率も再び上昇する動きがみられる」としており、将来のある時点、遅くとも来年の春闘後には、日銀が出口はどこかと考え始める可能性を示唆している。

解体

植田総裁は今回の決定について、YCCをより持続可能なものにするための技術的な変更であり、経済物価情勢が上振れた場合にそれを反映する形での長期金利上昇を容認しようということだと説明した。

「長期金利が1%まで上昇することは想定していないが、念のための上限、キャップとして1%としたところだ」と植田氏は述べた。「政策の正常化へ歩み出す動きではない」とした上で、このような変更を行うには良い時期だとも語った。

その通りかもしれない。解散総選挙の話も出なくなり、日銀は本来存在しなかった機会を得た。それでも、日銀は24年度のインフレ率が目標を若干下回るとの予想を堅持している。日銀が最も避けたいのは、物価上昇を抑制するような動きをすることだ。

米連邦準備制度と欧州中央銀行(ECB)が過去数十年で最も積極的な利上げキャンペーンが終わりに近いと示唆した週に、日本は2歩前進し1歩後退した。

日本は、大規模緩和を持続可能にするために作られた複雑な枠組みから離れようとしている。しかし当局者はそれを口にすることができず、その過程で物事をより複雑にしている。

いわゆる非伝統的な政策は、着手するよりも解体する方がずっと難しい。特に、こっそり解体しなければならないとなるとなおさらだ。

(ダニエル・モス、リーディー・ガロウド両氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:BOJ Yields Some Control, But Also Throws a Curve: Moss & Reidy(抜粋)

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