本稿は、ブルームバーグ 伊藤純夫記者が執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されました。(2023年7月28日)
日本銀行が28日の金融政策決定会合で決めたイールドカーブコントロール(長短金利操作、)政策の柔軟化措置は、日銀の想定を上回って推移する消費者物価の上昇に対応した実質的な緩和修正といえる。約7年にわたって続く長期金利を抑制する異例の緩和策の形骸化が進みそうだ。
日銀は会合後に公表した声明で、「上下双方向のリスクに機動的に対応していくことで、この枠組みによる金融緩和の持続性を高める」のが狙いとしたが、植田和男総裁は記者会見で上振れリスクを繰り返し強調した。経済・物価情勢が上振れた場合、それを反映する形で長期金利が「0.5%と1%の間に上昇していくことを容認しようという姿だ」と語った。
第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは、植田総裁の発言について「相当に物価の上振れリスクを気にしている。だからこそ今回の措置をとったことを示唆している」と解説する。就任以降にハト派トーンを強めていた植田氏が「勝負に出た感がある」とし、今後は「YCCが形骸化することは十分にあり得る」とみる。
日銀は今回の運用柔軟化で、長期金利の上下0.5%程度の許容変動幅を「めど」と位置付けた上で、上昇抑制を目的に国債を買い入れる指し値オペの水準を従来の0.5%から1.0%に引き上げた。ブルームバーグのエコノミスト調査では、7月会合でYCCの修正または撤廃を決めるとの予想は18%にとどまっていた。
植田総裁は、運用の柔軟化について「政策の正常化へ歩み出す動きではなく、YCCの持続性を高める動き」と説明した。しかし、市場では大規模な金融緩和からの出口戦略の一環との受け止め方が少なくない。
UBS証券の足立正道チーフエコノミストは、長期金利の上下0.5%を参照値とした上で指し値オペの金利を1%としたことは「少なくとも当面の間、YCCの事実上の廃止を意味する」と指摘する。政策金利ガイダンスの導入がなかったことに関しては、「日銀が近い将来の政策金利引き上げの選択肢を残した」との見方を示した。
植田和男日銀総裁
日銀はYCC政策について、長期金利の上昇を抑えつけることが市場機能の低下など副作用の拡大につながりやすい一方、それ自体が実質金利の低下を通じて緩和効果を強めると説明してきた。長期金利の上昇容認で、市場機能の改善と引き換えに、YCCという枠組みの存在意義が問われそうだ。
総裁は声明で2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っていないとした根拠として、新たに示した物価見通しで2024年度と25年度が2%に達していない点を挙げた。足元の物価見通しは上方修正が続いており、今回のサプライズ的なYCC修正を踏まえれば、日銀が早期の政策正常化に踏み出すことへの警戒感が市場で強まりそうだ。
ブルームバーグ・エコノミクスの見方
「柔軟性が多少増すことになり、債券市場が一段と円滑に機能するのにも役立つだろう。ただ、現時点でこうした措置に差し迫った必要性があるとみていない」「総裁の動きは今や予測不可能と受け止められて、タカ派的とさえ見なされる可能性もある。この結果、総裁のメッセージ発信が先行き一段と困難になる」ー木村太郎シニアエコノミスト
日銀会合結果を受けて債券市場では長期金利が急上昇し、一時0.575%と14年9月以来の高水準を付けた。東京外国為替市場では円が対ドルで一時1%高の1ドル=138円07銭まで急伸した。
BNYメロン・インベストメント・マネジメントのアジア・マクロ&投資戦略責任者のアニンダ・ミトラ氏は、日本の金利上昇は、フランスやオーストラリアの債券など、日本債券の保有比率が大きい他の主要債券市場にも波及する可能性があると指摘した。ミトラ氏はまた、この動きによって今年いっぱいは円高が進むだろうと述べた。