植⽥⽇銀は慎重なスタートへ、4⽉会合で⾦融緩和は現状維持との⾒⽅

本稿は、伊藤純夫が執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されました。(2023年4月25日)

日本銀行の植田和男新総裁が初めて臨む今週の金融政策決定会合では、イールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)政策を含む現行の金融緩和政策の継続が決まると見込まれている。

27、28日に開かれる会合には、3月に就任した2人の副総裁も初めて参加する。ブルームバーグがエコノミスト47人を対象に実施した調査では、9割弱が今会合での現状維持を予想している。植田総裁が就任会見でYCC政策とマイナス金利は継続が適当などと発言したことを受けて、政策修正予想の後ずれも見られる。

複数の関係者によると、米シリコンバレー銀行の経営破綻に端を発した米欧の金融不安を背景に海外経済の不確実性が増す中、日銀内でYCC政策を修正することに慎重な意見が増えている。海外金利の低下を背景に、日本のイールドカーブが低下してゆがみも改善するなど、市場機能の低下という副作用に対応が必要な状況にもないという。

黒田東彦前総裁は就任直後に打ち出した異次元緩和で金融政策のレジームチェンジ(枠組みの変更)を印象付け、市場に「黒田サプライズ」をもたらした。植田総裁は金融政策運営について、物価が「2%を下回って物価目標の達成が遠のいてしまうリスクに焦点を当てるのが適切だ」と緩和策の継続を主張しており、黒田体制とは対照的な慎重なスタートになりそうだ。

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SMBC日興証券の森田長太郎シニアフェローは、YCC修正には欧米景気指標の下げ止まりの確認が必要だとし、それには数カ月を要すると指摘。植田総裁の発言からも、「まずは状況分析が必要だとの認識があることがうかがえ、事を急いでいる印象はない。市場とのコミュニケーションも十分に行う姿勢が見える」という。

23日に投開票された衆参5補欠選挙は、自民党の4勝1敗と従来より1議席増やした。自民の議席上積みを受け、岸田文雄首相が早期の解散を選択するとの観測も広がる可能性もある。こうした国内の政治情勢も金融政策運営の見通しを慎重にしやすい要素となる。

植⽥和男⽇銀総裁(10⽇)

それでも市場には長期金利の許容変動幅の再拡大や年限の短期化のほか、YCCの撤廃といった観測がくすぶり続けている。黒田前総裁にとって最後の決定会合となった3月ほどではないにしろ、オプション市場からは、トレーダーが28日の結果発表後に円高が進むリスクに備えて依然ヘッジをかけていることが見て取れる。

マネックス証券資産形成推進室の相馬勉債券・為替トレーダーは、今週の日銀会合では植田総裁の会見で「イールドカーブコントロールを外す意図が読み取れるかどうかがポイントだ」と指摘。金融政策に変更がなければある程度の円売りが想定されるとみている。

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市場でYCC修正観測が根強い背景には、植田氏が従来からYCC政策の副作用に言及しているほか、賃金や物価に前向きな動きが生じていることもある。日銀は持続的・安定的な2%の物価目標の実現に向けて賃上げを最重要視している。今年の春闘の第4回集計分の平均賃上げ率は3.69%と30年ぶりの高い伸びとなり、想定を上回る高水準と評価している。

植田総裁も18日の衆院財務金融委員会で、日本経済には物価・賃金の上昇という良い芽が少しずつ出始めていると述べた。こうした物価の基調の強まりを反映し、今回会合後に公表される経済・物価情勢の展望(展望リポート)では、新たに示す2025年度の消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)見通しで、目標の2%を展望できる数字が示される可能性がある。

複数の関係者によると、今会合ではフォワードガイダンス(政策指針)の取り扱いが議論される可能性がある。新型コロナウイルス感染症の影響が和らぎ、経済活動が正常化に向かう中で、感染症の影響を前提とした部分の変更などが焦点となる。指針を変更したとしても、日銀が緩和的な政策を継続する姿勢に変わりはないことを示す必要があるという。

新総裁がデビューする会合は、今後の金融政策に関する議論や方向性を明確に印象付けるチャンスでもある。UBS証券の足立正道チーフエコノミストは、植田氏にとって今会合は「今後の政策変更の基本的な考え方を示す絶好の機会」とし、「インフレ基調やインフレ動学の判断が上昇していけば政策変更が自然であること、その際には市場の混乱は避けるつもりだが事前に政策変更を予見することはできないこと、などをしっかりと伝えてほしい」という。

戦後初の経済学者出身の植田総裁が、これまでの金融緩和政策の効果と副作用などについて長期的な視点で点検・検証を行うとの見方も増えている。植田氏自身も10日の就任会見で、20年以上にわたって強力な金融緩和が続いているとし、「それ全体を総合的に評価して、 今後どのように歩むべきかという観点からの点検や検証があってもいい 」との考えを示した。

最近では2016年9月に総括的検証が、21年3月には金融政策の点検が公表され、金融緩和策の枠組み変更や修正につながった。植田氏が想定する広い視野での点検・検証は従来よりも時間をかけて行われる見通し。必ずしも政策の変更や修正を前提とするものではないが、点検・検証に着手する場合は、緩和修正観測が根強い市場への丁寧な説明が不可欠となる。

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