アジア太平洋:2023年の規制見通し

Read the English version published on January 17, 2023.

国境を超えて取引が行われる資本市場の本質および欧米金融機関のグローバルな展開により、欧米発の市場構造改革は、アジア太平洋地域(APAC)の国・地域に対してAPAC域外からの影響を及ぼしています。アジア諸国の規制当局は、証券・デリバティブのホールセール市場における規制の策定において、より「プライステーカー」的な役割を広く採用するようになっています。MiFID II(第2次金融商品市場指令)やEMIR(欧州市場インフラ規則)に関連した規制に関しても、その導入がさまざまな段階で進められています。

EUおよび米国で定められた規則の解釈や実施は、APAC規制当局によって異なる場合があり、有害かつ意図しない市場の細分化を招く可能性があります。そのため、日本の金融庁(JFSA)は2020年、証券監督者国際機構(IOSCO)が取り組んでいる規制追従(正当であると判断された場合、ある規制当局が別の規制当局の判断に従うプロセス)に関する作業を主導しました。

本記事では、気候政策からデジタル変革に至るまで、2023年以降の重要な規制事項を考察していきます。

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JFSAは、規制の細分化の影響を緩和し、規制当局間の連帯を強化するために、効率的な追従プロセスの確立と運用に関する指針を示す報告書を発表しました。

欧州証券市場監視局(ESMA)とインドの規制当局との最近の動きが物語るように、追従プロセスの実務的な運用は必ずしも容易ではありません。ESMAは、インドで設立された6つの中央清算機関(CCP)について、EMIRに基づく承認決定を取り下げました。インド準備銀行(RBI、中央銀行)とインド証券取引委員会(SEBI)の間で協力協定の締結がないことがその理由です。RBIとSEBIは、ESMAがRBIとSEBIが規制する事業体に直接かつ独立してアクセスすることに不快感を抱いていたと伝えられています。この決定により、2023年4月30日以降、欧州のすべての銀行がインドのCCPと取引できなくなります。その結果、インド国内の債券・株式市場に影響を与える可能性があり、外国の銀行が広く利用しているインドのオーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)市場の崩壊につながる恐れもあります。

このことは、グローバルな資本市場が秩序を維持して機能するためには、規則の策定・実施・承認という観点から規制当局間の協力が重要であると明確に示しています。

デジタルファイナンス

APACの規制当局は、金融セクターにおけるデジタルイノベーションの重要性を認識しており、規制当局間のみならず業界のステークホルダーと密に連携してイノベーションを促進し、関連リスクを確実に軽減する規制の枠組みを整備しています。

デジタル資産分野では、規制当局はイノベーションの促進、消費者保護の提供、市場健全性の維持のバランスを模索しています。シンガポール通貨庁(MAS、中央銀行)は暗号資産(仮想通貨)の拠点になるという目標を何度か表明しており、(1)プログラマブルマネーの実験、(2)アトミックな決済などのユースケースへのデジタル資産の適用、(3)金融取引の効率化とリスク低減のための現物・金融資産のトークン化を目指しています。しかし、暗号資産の取引や投機の拠点になることは望んでいません。この点で、MASは中央銀行デジタル通貨(CBDC)の試験を進めており、適正な規制によるステーブルコインの促進、トークン化した銀行預金の許可、暗号資産への小売投資を抑制を図っています。

香港政府は対照的で、以前は暗号資産の取引をプロの投資家に限定することを提案していましたが、現在はフィンテックの拠点を目指す開発努力の一環として、個人投資家に暗号通貨と暗号資産ETF(上場投資信託)の取引を容認することを提案しています。個人投資家の暗号資産へのアクセスの範囲は、暗号資産取引所のライセンス制度導入案と合わせて今後の協議の対象となる予定です。現在、暗号資産サービス提供社に対する法定ライセンス制度を確立するための法案が香港立法会(議会)で審議されています。香港金融管理局(HKMA、中央銀行に相当)は、ステーブルコインに対する適切な規制アプローチに関するフィードバックを検討しており、最終案では国際的な規制の勧告を考慮するとみられています。これらはすべて、暗号資産のバリューチェーン全体にわたって金融サービスの発展を促進する香港政府の意図に沿ったものです。

人工知能(AI)に目を向けると、規制当局は、AIとデータ分析の利用が金融サービスの運営方法を大きく変えることを認識しています。しかし、AIの利用は、特に個人消費者に関してリスクがないわけではありません。この点に関して、MASは、AIとデータ分析の利用におけるより大きな信頼と信用を醸成するために、公平性・倫理性・説明責任・透明性(FEAT)を促進する一連の原則を発表しました。企業は事業戦略やリスク管理をサポートするために、テクノロジーツールやソリューションをますます採用していることがその背景にあります。香港でも同様に、HKMAの「ビッグデータ解析とAIの利用に関する消費者保護」では、(1)ガバナンスと説明責任、(2)公平性、(3)透明性と開示、(4)データプライバシーと保護という4つの主要分野に注意を払うよう勧告しています。

グリーン・アジェンダ

ネットゼロ達成に向けた世界的な方向性が進化し続ける中、APAC地域の政策立案者と産業界の双方にとって気候変動への取り組みは最重要課題となっています。データ取得の制約に対処し、開示の一貫性を高め、気候変動に関連する報告における改善の余地を特定するために、新たな方針・指針・規制が導入されています。

例えば、APACの政策立案者は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言の採択で先行しています。中でも、ニュージーランドがTCFD提言を初めて法制化しました。さらに、香港、シンガポール、台湾、マレーシアの規制当局は、遅くとも2025年までの実施に向けて、さまざまなスケジュールでTCFDに沿った気候変動に関する報告を金融機関に求めています。

APACの規制当局がEUタクソノミーの枠組みの適用を注意深く監視・検討する一方で、規制当局と業界は協力して同地域内のタクソノミー整備に取り組んでいます。MASは、一貫性のあるタクソノミーを特定することでシンガポールに拠点を置く金融機関がESG投資プロセスを簡素化できるよう、グリーン・タクソノミーおよび移行タクソノミーに関して協議を行っています。ASEAN(東南アジア諸国連合)当局は、サステナブルファイナンス向けのASEANタクソノミーの開発で協力しています。このタクソノミーは、加盟国の移行とサステナブルファイナンスの採用に関する共通の基礎的要素としての機能を意図しています。

香港では、国際的な連携・協調を図るプラットフォーム(IPSF)が最新の共通基盤タクソノミー(CGT)を発表したことを受け、政府が支援するサステナブルファイナンス推進のための合同委員会「Green and Sustainable Finance Cross-Agency Steering Group」が、地域のグリーン分類の枠組み提案の最終決定に向けて取り組んでいます。一方、オーストラリアでは、業界主導で政府や規制当局と協力し、サステナブルファイナンスに関するオーストラリア版タクソノミーの策定が進められています。

各国・地域で異なるタクソノミーが開発されているため、異なる市場間の整合性と相互運用性は引き続き重要です。これは、管轄区域における要件の共通基盤となり、グローバルなベースラインとなる有用な報告基準を実現するための十分な相互運用性を提供するための、国際サステナビリティー基準審議会(ISSB)の提言に対するAPAC全域での強い規制の勢いを説明しています。

分類から開示・報告まで、政策立案者はグリーンファイナンスを統合し、持続可能な開発を促進するための重要な措置を講じています。香港やシンガポールなどでは、グリーンボンドの発行を促すため、グリーンボンド政策の導入が進められています。炭素市場の整備は、新たな優先事項として注目が高まっています。例えば、日本、ニュージーランド、シンガポールの炭素税制度、ニュージーランドと韓国の国内排出量取引制度(ETS)、香港とインドの自主的な炭素市場の設立が発表されています。

健全性規制

今年2月、バーゼル銀行監督委員会は、銀行に対する国際的な自己資本規制「バーゼル3」の当初の改革が、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)において、銀行システムがこれまでのところ運用面でも財務面でも弾力性を保つ上で中心的な役割を果たしたことを改めて強調しました。バーゼル3の施行が迫る中、APACではバーゼル目標へのコミットメントは変わっていませんが、パンデミック後の経済回復や進行中のロシア・ウクライナ戦争の影響により、リスクの枠組みの域内導入の最終決定が遅れています。

EUや他の主要国・地域ではトレーディング勘定の抜本的見直し(FRTB)実施期限の繰り下げを検討しているにもかかわらず、香港とシンガポールは2023年までのFRTB実施を目指しています。日本は2024年まで延期し、オーストラリアは2025年まで実施期限を延長しました。各市場では、国内規則の整備を待ち望んでいますが、複数の国や地域にまたがって事業を展開する企業は、市場の潜在的な細分化に対処するため、政策立案者にグローバルおよび地域的な協力関係を強化するよう働きかけています。

Global Regulatory Forum 2022: Forging a resilient recovery(グローバル規制に関するフォーラム2022:強固な回復を実現するために)」のリポート全文(英語)では、デジタルファイナンス、グリーン・アジェンダ、金融安定化など、英国、EU、米国、APACの各市場における主な動きを網羅しています。

この記事は、ブルームバーグの規制関連スペシャリストであるVicky ChengとPatricia Orが執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されました。本稿は英文で発行された記事を翻訳したものであり、英語の原文と翻訳内容に相違がある場合には原文が優先します。

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