スコープ3温室効果ガス排出量データの不足を補う

Read the English version published on September 26, 2022.

本稿はChristian O’Dwyer、Enrique Neves Martin、Caroline Wardが執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されました。

スコープ3の温室効果ガス(GHG)排出量は環境に大きな影響を与えますが、その実態はほとんど知られていません。企業・団体に環境対応などを呼びかける国連のイニシアチブ「国連グローバル・コンパクト」によると、スコープ3排出量は、平均的な企業のバリューチェーンにおける総排出量の実に70%を占めますが、ブルームバーグが保有する1万3000社のESG関連報告データを調べると、2020年度のスコープ3排出量を開示している企業は全体の約20%にすぎません。

このようにデータが不足している状況は、自社の脱炭素化目標や、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度以内に抑えるというパリ協定の目標に従って資本配分を行うために、スコープ3排出量データを必要とする金融市場参加者には問題です。データがないため、機関投資家は事業の脱炭素化を目指しつつも、不完全で一貫性のない情報に基づいて業務を遂行しています。こうしたデータ不足を補うため、ブルームバーグではスコープ1、2、3の推定モデルを開発し、報告を行っている企業だけでなく、自己報告を行っていない企業もカバーしています。この炭素排出量の推定は、企業レベルの排出量データについて、他のモデルで生成されたものよりも信頼性の高い推定値を提供することを目的としています。

本シリーズの過去のブログでは、GHG排出量を推定するためのブルームバーグの機械学習モデルについて、その原理を簡単に説明しましたが、本稿では、石油・ガス、金属・鉱業、サービスの各セクターのスコープ3排出量を推定する際に、ブルームバーグがいかに透明性が高く体系的なアプローチを取っているかを説明することに焦点を当てます。

スコープ3排出量の算定における課題

スコープ1および2の排出量は自社の活動に由来するものなので、容易に算定できます。しかしスコープ3の排出量は当該企業のバリューチェーンから生じるものであり、そのバリューチェーンは世界全体に広がることもある上、他の多くの構成要素を含むため、すべての基礎データを毎年正確に把握するのは、はるかに困難です。結果として、スコープ3のデータは、企業の報告に一貫性がないことから極めて貧弱な場合があり、同じセクターや地域で業務を展開する類似企業同士を比較することや、同一企業の報告を過去のものと比較することが難しくなっています。

例えば、石油・ガス会社「X」は、2018年に二酸化炭素(CO2)換算で1100万トンのスコープ3排出量を報告しました。2019年に同社が報告したスコープ3排出量は同約15万トンと、およそ70分の1にまで減少していました。深く掘り下げて調べてみると、この差の原因は、2019年はスコープ3のカテゴリー「販売した製品の使用」が報告から漏れていたことにあると分かりました。これは大きな漏れです。ほとんどの石油・ガス企業において、このカテゴリーは販売または抽出した石油・ガスの量に基づくため、スコープ3排出量の大部分を占めるからです。ブルームバーグでは抽出量と販売量の両方を把握しており、この企業については、石油換算抽出量の減少が小幅にすぎなかったことが分かっています。従って、スコープ3排出量が前年比で減少した可能性は高いものの、70分の1などという水準には到底ならなかったと考えられます。

ブルームバーグのデータチームでは、会計処理方法や報告範囲が年によって異なることで生じる、こうしたさまざまな矛盾を目にしています。その原因は、報告義務がないために、スコープ3排出量の算定・報告方法が明確に定義されていないからかもしれません。こうした不規則性を克服するために、多くの機関投資家は推定値に頼っていますが、すべての推定値が同じように算出されるわけではありません。

例えば、一部のモデルでは、スコープ3排出量の推定に、報告上の原単位のセクター平均値を用いています。この方法の限界は、同じセクターの類似企業間の違いを考慮できないところにあります。例えば、燃料源についてテスラとフォルクスワーゲンを比較する場合では問題が生じます。またこの方法では、推定の基礎となるデータに一貫性がないという問題が解決するわけではないため、スコープ3排出量のデータが不正確な状況がさらに続くことになります。

モデルを利用して、把握しにくいスコープ3排出量をより正確に推定

ブルームバーグのスコープ1およびスコープ2の推定モデルは、報告された排出量データを利用して精度を高めたものなので、データの質が低いスコープ3排出量の推定に、それと同じ機械学習の技術を採用することはできませんでした。その代わり、ブルームバーグはボトムアップモデルとトップダウン型の機械学習モデルを組み合わせて、特定のセクターのスコープ3排出量を推定する方法を改良し続けています。この方法が最も効果的なのは、石油・ガスや金属・鉱業などのセクターです。その理由は、スコープ3排出量を推定するための主な投入データとして「販売した製品の使用」およびその「加工」の情報が必要となるからです。

この方法をさらに細かく見ていくと、ボトムアップモデルでは、営業指標とGHG排出係数を掛け合わせます。最も望ましい営業指標は、当該年度に販売された製品の量を製造単位で表したものです。当該企業がこの情報を公表していない場合、ブルームバーグでは代理指標として生産量のデータを用います。この営業指標ないし生産指標は、炭化水素や金属の生産量、抽出量、販売量を表すものとなります。炭素排出係数は、こうした材料の使用または加工から生じる単位当たり排出量を示した政府公認の表から入手します。

例えば、ある企業が石炭を1万単位生産し、石炭1単位当たりの変換係数がCO2換算1000万トンだったとすると、計算上の排出量は同1000億トンとなります。この計算結果を利用して、当該セクターのトップダウン型機械学習モデルに学習させます。このモデルはボトムアップモデルを補完するもので、計算上のスコープ3排出量、業種ごとの売上高、その他の主要な営業係数との関係を学習することでスコープ3排出量を推定します。

先の例に戻ると、X社が報告したスコープ3排出量は、2018年がCO2換算で1100万トン、2019年が15万2000トンでした。それに対し、ブルームバーグのスコープ3モデルによる推定では、2018年が2080万トン、2019年が1960万トンでした。

スコープ3排出量の算定は企業にとって極めて困難であるため、報告上のデータに必ずしも一貫性があるとは言えません。企業はスコープ3排出量の報告の標準化に努めていますが、排出量の推定値は、より一貫性の高い基準として毎年使うことができます。この例では、X社が報告をやめた「販売した製品の使用」のカテゴリーによる排出量を毎年勘案しています。

より多くの企業が一貫した正確な方法でスコープ3排出量データを定期的に報告するようになるまでは、機関投資家が自社の事業を脱炭素化し、気候関連リスクを軽減するための最善の方法を判断するために、透明性の高い推定値が業界全体で必要とされるでしょう。

ブルームバーグの温室効果ガス推定値について

ブルームバーグでは、世界の上場・非上場企業5万社以上について、炭素排出量の会社報告データと推定データを2010年までさかのぼって提供しています。報告を行っていない企業に関しては、独自の機械学習モデルを開発し、800件以上のデータポイントを活用してスコープ1と2の排出量推定値を算出しています。さらに、石油・ガス、金属・鉱業、サービスの各セクターについては、9000社以上を対象にスコープ3排出量を推定しており、他のセクターにも対象を広げていく予定です。透明性を高めるため、ブルームバーグでは、各推定値の確率分布においてさまざまなパーセンタイルを提示し、投資家が自社のモデルにどの推定値を使用するべきか判断できるようにしています。また、推定値の算出に使用したデータの量と一貫性を示す信頼度スコアも提供しています。

詳細については、「Bloomberg’s Greenhouse Gas Emissions Estimates Model(ブルームバーグの温室効果ガス排出量推定モデル)」をご覧ください。

本稿は英文で発行された記事を翻訳したものです。英語の原文と翻訳内容に相違がある場合には原文が優先します。

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