本稿は、ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)のシニア・アナリストBI シニアアナリスト若杉 政寛およびテクノロジー分野のアナリストPhu Pham が執筆し、ブルームバーグターミナルに掲載されたものです。
半導体製造装置メーカーにとって、品質や生産性、歩留まり、サポート体制など従来の性能・評価項目に加えて、省電力や水の消費量などの環境性能が競争力の決定要因になるかもしれない。環境面ではASML、アドバンテストなどが高い評価を受けている。社会面では、労働安全や倫理コンプライアンス、地域関係性が重要となろう。企業統治では、アプライド・マテリアルズやアドバンテストのガバナンス構造が注目に値しよう。
半導体製造装置が環境に及ぼす影響は甚大
ESG(環境・社会・ガバナンス)評価のうち、環境(E)に関するパフォーマンスは半導体製造装置メーカーの競争力を決定づける要因になるだろう。環境性能が低い半導体や装置を販売し続ける企業は、将来的に炭素税が課されるリスクがあろう。一方で、エネルギー原単位を低減する技術の開発が、より付加価値の高い装置を誕生させ、売上高を押し上げることも考えられる。半導体需要が長期的に拡大し、新しい半導体工場が増えるのに伴い、工場での膨大な水の使用や大量のエネルギー消費による温室効果ガス(GHG)排出量の増加によって業界全体の「環境フットプリント」(環境に与える負荷を評価する指標)は悪化しかねない。
工程が多く複雑な半導体製造プロセスで、水とエネルギーの大部分を消費するのは半導体製造装置であるため、装置メーカーが環境性能に優れた装置を開発できれば業界全体に有益と考えられる。半導体装置企業は、スコープ1と2の直接排出の削減とともに、サプライヤーや半導体顧客に排出量削減を促すことでスコープ3の間接排出を削減することも求められる。
半導体製造工場のフットプリント(工程別
Source: IRDS, Bloomberg Intelligence
ウエハー1枚当たり排出量削減で製造装置の付加価値を高める
半導体製造装置メーカーは、定量化できる有意な目標を設定して、その詳細情報を開示することで、環境リスクを軽減できると考えられる。装置メーカーの大部分は、2030年までにスコープ1と2の排出量を50%削減し、50年までにカーボンニュートラルを実現するという、称賛に値する長期排出削減目標を掲げている。一方で、通常、半導体製造装置メーカーのバリューチェーン全体の排出フットプリントのうち、直接排出量が占める割合は小さく、実際には99%以上を間接排出であるスコープ3が占めている。
東京エレクトロンはスコープ3に関する目標として、ウエハー1枚当たりの二酸化炭素(CO2)排出量を30年までに 30%、40年までに50%削減するという中期目標を掲げており、目標の高さは業界の中で抜きんでている。また、次世代の蒸着装置やエッチング装置は、顧客の排出量を削減して環境フットプリントを低下させつつ付加価値も高める新技術の典型例となるかもしれない。
東京エレクトロンの排出量ネットゼロへの取り組み
半導体装置会社:ブルームバーグSスコア
Source: Company Filings, Bloomberg Intelligence
ASML、アドバンテストが環境スコアでリード
ブルームバーグESGスコアリング手法に基づくと、ASMLやアドバンテスト、アプライド・マテリアルズ、東京エレクトロンの環境スコアは同業他社を上回っている。半導体業界にとってエネルギーと水の管理は重要な課題である一方、製品の持続可能性や、GHGと廃棄物排出の管理も重視すべき分野だ。エネルギーの使用と管理に関しては、ASML、米ラムリサーチ、アドバンテストが環境目標の点で同業他社を上回っている。
水管理に関しては、アドバンテストとアプライド・マテリアルズが、水使用量削減努力に関する詳細情報の開示と、地域社会の水資源に負荷を与えない明確な方針の策定によって高評価を得ている。有害廃棄物の削減とリサイクルに注力しているASMLとアプライド・マテリアルズは、廃棄物管理で高スコアを獲得している。
半導体装置会社:ブルームバーグEスコア
Source: Bloomberg Intelligence
ASML、社会スコアで同業他社を上回る
ASMLは従業員と社会(S)スコアを重視しており、同社の研究開発チームがリソグラフィー装置で同業他社を圧倒する進歩を遂げた主な理由はここにあると思われる。半導体業界が熟練した人材に大きく依存していることを踏まえ、同業界に対するブルームバーグのESGスコアリング手法では、魅力的で安全、公平かつ倫理的な職場であることを重要な評価項目としている。143カ国の多様な人材から成るASMLは、従業員に競争力のある賃金と福利厚生を与えているほか、長期的なキャリア開発が可能な環境も整えている。同社は職場の安全確保や倫理プログラムの徹底のための取り組みに関する詳細情報も開示しており、同業他社の中で最高のSスコアを獲得している。
そのほか、22年の年間離職者のうち11.8%が非自発的な離職者というデータについても開示しており、これによっても同社のコーポレートカルチャーを推し量ることができる。
Source: Bloomberg Intelligence
アドバンテストは企業倫理・コンプライアンスで高得点
アドバンテストやアプライド・マテリアルズ、東京エレクトロンは、BIで分析した9社の平均より高いSスコアとなっている。アドバンテストは、企業倫理・コンプライアンスや反競争的行為において高いスコアとなっている。アプライド・マテリアルズは、労働安全衛生管理や地域社会貢献の面でのスコアが高い。東京エレクトロンは、企業倫理・コンプライアンスでの高得点が目立つ。
一方で、ディスコのSスコアは低いが、要因としては開示の有無が考えられよう。経営品質が高いことで有名な同社は、従業員の安全面や企業倫理・コンプライアンス、製品品質管理で他社に劣っているとは言い難いだろう。22年の営業利益率が9社の中で2番目に高かったことからも分かるように、同社は顧客からの評価は非常に高いと思われる。企業の真の競争力を理解するためには、開示ベースによるESGスコアだけでなく、さまざまな視点からのESG分析が必要なのかもしれない。また、ディスコは、セクター分類で工場機械・機器という分類に属し、他の半導体製造装置メーカーとは区分が異なることにも留意されたい。
半導体装置企業のSスコアと営業利益率
Source: Bloomberg Intelligence
アプライド・マテリアルズはガバナンスに秀でる
コーポレートガバナンスの点では、アプライド・マテリアルズのブルームバーグGスコアが他社より高く、秀でている。同社は、10名の取締役のうち独立取締役が9名となっており、独立性が高いのが特長だ。また、取締役構成の項目でも高いスコアとなっている。ただし、同社の取締役メンバーを見ると、ブロードコムやテキサス・インスツルメンツを退任した人物やデル・テクノロジーズー、マイクロソフト、シノプシスなど米テクノロジー関連企業に属する人物がほとんどなので、真の多様性が達成できているかどうかは検証が必要かもしれない。
取締役会の全員が独立取締役となっているASMLのGスコアも高い。一方で、アドバンテストは、独立取締役に関するスコアが低いので全体のGスコアが平均並みとなっているが、それ以外の取締役関連のスコアは相対的に高くなっている。
半導体装置会社:ブルームバーグGスコア
Source: Company Filings, Bloomberg Intelligence
グローバル化が進む取締役メンバー
コーポレートガバナンスの工夫を経済価値へと転換させることに成功している企業としてアドバンテストを取り上げたい。同社のガバナンスと組織体制はグローバル対応が特長だが、これは一朝一夕に作られたものではない。同社では、9名の取締役の中に2名の外国籍役員が入っている。1名は同社ナンバー2のポジションに就くグループ最高執行責任者(COO)であるダグラス・ラフィーバ氏だ。ラフィーバ氏は、重要な半導体顧客が多くいる米国で事業開発を推進する役割を担っている。もう1名は法務や投資銀行の実務経験が豊富な社外取締役のニコラス・ベネシュ氏だ。日本では、本業がグローバル化していても取締役全員が日本人で固められているテクノロジー企業が依然として多い中、アドバンテストは他社と一線を画している。
同社顧客の9割以上が外国企業となった今、取締役会もグローバル化に対応し、外国視点のさまざまな意見を経営に取り入れることでさらなるビジネスの発展が可能になると思われる。
地域的な多様性を追求し経済価値の向上へ
アドバンテストのグローバル対応は、取締役会に加えて経営執行役員体制を通じてより鮮明な形で実現されており、売上高や利益という経済価値の増大に大きく貢献していると言えよう。先端半導体では、設計を米アップルや米クアルコムなどの欧米企業が行い、前工程の製造を台湾積体電路製造(TSMC)などが台湾で行い、後工程のテストや組み立ては東南アジアや中国で行うというケースが多い。テスターメーカーのアドバンテストは、設計から最終テストまでの全ての工程を理解して、半導体の品質を担保する必要がある。同社では、これに対応するために米国、欧州、中国、台湾、東南アジア、日本など各地域でのビジネスは現地の人材が指揮を執り、かつ、地域間の連携を綿密にとっているのが特長だ。
「グローバル経営」。言うは易しだが、実際に各地域の人材が絆を感じながらお互いを信頼し合う組織風土がなければ企業価値の向上という果実は得られないだろう。
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