複数のLIBOR代替ベンチマークに対応を迫られるグローバル金融機関

本稿はAlexandra Harrisが執筆し、ブルームバーグターミナルに最初に掲載されました。Read the English version published on June 7, 2019.

グローバルに展開する大手金融機関にとって、たった1つのベンチマークの廃止に備えることでさえ、それが数兆ドルもの金融商品にリンクされているとすればとてつもない大仕事です。ましてやおよそ半ダースものベンチマーク廃止に備えることなど不可能だという人もいるでしょう。

ところがその不可能こそ、LIBOR廃止が近づく中で多くの市場参加者が直面している問題なのです。不正操作問題で信頼性を失ったベンチマークを2021年末に廃止することが決まり、各国・地域の規制当局はそれぞれ独自の代替金利の採用を並行して検討することを余儀なくされています。

グローバル銀行はLIBORその他の銀行間金利に対する巨額のエクスポージャーをさまざまな通貨で抱えています。このため、改革および移行に向けた膨大な量の複雑な作業が必要となり、各行がそれぞれ独自の努力を重ねています。

Accenture Plcでプリンシパルディレクター兼北米規制対応リードを務めるVenetia Woo氏は、米連邦準備理事会が米ドルLIBORの代替として採用した担保付翌日物調達金利(SOFR)について次のように述べています。「厄介なのはLIBORからSOFRへどのように移行するかだけではありません。他のIBORからの移行も問題です。さらに、移行に関する具体的な取り組みが遅れている国・地域があり、問題をさらに複雑にしています」

Bloomberg chart

米連邦準備理事会(FRB)のランダル・クオールズ副議長(銀行監督担当)は、6月3日、金融機関に対してLIBORからの移行作業を「本格的に」開始するよう強く求めました。「LIBORがいつどのように廃止されるか、正確にはまだ分かりません。しかしLIBORの監督当局は、もはやLIBORが使えなくなるかどうかという問題ではなく、いつ使えなくなるかという問題だと述べています。これ以上のことは現段階では分かりません」

LIBORおよび他の銀行間取引金利(IBOR)を参照する金融商品の残高は約370兆ドルに上りますが、そのうち米ドル建ては約200兆ドルにすぎません。従って、米国のみならずフランクフルトや東京、チューリッヒなど全世界の投資家がLIBORなどのIBOR廃止に備える中で、関心を寄せる移行準備の現状は以下の通りです。

先行する国・地域

米国:担保付翌日物調達金利(SOFR)

  • ニューヨーク連邦準備銀行が2018年初めにSOFRの公表を開始して以来、先物およびスワップ取引は着実に増加していますが、現物市場はまだ開発の初期段階にあります。
  • SOFRにリンクした変動利付債(FRN)の市場は、ファニーメイや連邦住宅貸付銀行などの政府系機関が主な発行体となっていますが、金融機関による発行も増えています。代替参照金利委員会(ARRC)によればSOFRをリンクした債券の発行額は860億ドルを超えています。
  • FRBが設置し民間市場参加者から構成されるARRCは、現在LIBORにリンクされているFRNならびに証券化商品および相対ならびにシンジケートローンに使われるフォールバック条項の指針を公表しました。
  • ARRCは5月31日に公表したリリースで、LIBORを参照したリテール向け金融商品(住宅ローンや学生ローンなど)に使われるフォールバック条項案についてもパブリックコメントを募集する予定であると発表しました。また、6月3日にはニューヨークでラウンドテーブルを主催し、LIBORの終了に備えて市場参加者が取るべきステップの概要を説明すると共に、クオールズ副議長のコメントを会議の参加者に配布しました。
  • 債券市場はSOFRのタームストラクチャーの創設を待ち望んでいます。そうした中、FRBのスタッフがSOFRの先物価格からターム物金利を推察する方法に関するリポートを4月に公表しました。
  • 6月3日の3カ月ドルLIBORは前日比4bp下落の2.4785%で、1日の下げ幅としては今年2月以来最大となりました。

英国:改定版ポンド翌日物平均金利(SONIA)

  • 英国は1年余り前に健全性が強化された改訂版SONIAを導入しました。
  • ポンドのRFRに関するワーキンググループが最近公表した資料によると、改定版 SONIA導入以降、ポンド建金融市場ではLIBORからSONIAへの移行が明確に始まっています。
  • 同グループによれば、ポンド関連スワップの取引額のうちSONIAを参照するスワップのシェアはLIBORを参照するスワップのシェアとほぼ等しくなっています。また2021年末以降に満期が到来するLIBORリンクFRNはほぼなくなりました。
  • SONIAにリンクした証券化商品の発行も始まっています。また、2019年5月にはLIBORにリンクした既発の公募債をSONIAへのリンクに変更する初めての試みが発行会社により提案されました。
  • 米国と同様に、英規制当局もターム物金利の開発や、ローンなど他の現物市場でのLIBORへの依存軽減に取り組んでいます。

スイス:スイス翌日物平均金利(Saron)

  • スイスでは、主にスワップ契約で使用されていた無担保金利のTOISを2017年12月に廃止しました。スイスフラン参照金利に関するナショナル・ワーキング・グループは、その代替として、スイスフランレポ市場からのデータに基づく翌日物ベンチマークであるSaronを選択しました。
  • しかし、スイスフランLIBORの代替としてSaronを使用するのは容易ではありません。何兆ドルもの金融商品がLIBORを参照しているのに加えて、スイスの中央銀行であるスイス国立銀行が金融政策の誘導に使用しているのは3カ月物金利だからです。
  • ワーキンググループはターム物金利の代替として複利計算をしたSaronを推奨しています。これがいずれはSaronリンクFRNの発行へとつながるのではないかと期待されます。

追随する国・地域

ユーロ圏:ユーロ短期金利

  • ユーロ圏のデリバティブに関しては、LIBORのほかに、ユーロ圏にある組織が公表するLIBORと類似したベンチマークが使用されています。欧州マネーマーケット協会が公表するEuriborで、100兆ユーロ(112兆ドル)を超えるデリバティブがリンクされています。さらに22兆ユーロがEonia(ユーロ圏無担保翌日物平均金利)にリンクされています。
  • これらの非LIBORベンチマークの使用は、不正操作防止を目的とするEU規則の改正により2020年以降規制される予定になっていましたが、2019年2月に当局が2021年末まで2年間の先送りを決定しました。
  • 一方で、欧州マネーマーケット協会はEuriborの改革に取り組んでいます。JPモルガン証券のストラテジストであるJoyce Chang氏は4月に顧客に配布したリポートの中で、改革案がEU当局に承認された場合、EuriborはLIBORより長く存続することになるだろうと書いています。
  • 欧州中央銀行はEoniaの代替となるユーロ短期金利とその算出方法を2019年10月2日に公表予定で、今後数年間でEoniaからユーロ短期金利への円滑な移行を目指します。
  • ユーロ短期金利とEuriborはかなりの期間共存する可能性が高いため、新ベンチマークへの移行は「より時間をかけ円滑に」なる可能性があるとJPモルガンのストラテジストは述べています。

日本:東京銀行間取引金利(Tibor)と東京翌日物平均金利

  • 日本銀行は、無担保銀行間取引金利であるTiborの信頼性と透明性を向上させるために、2017年にその改革に乗り出しました。その結果、円リスクフリーレートの候補としてTonar(無担保コール翌日物)を特定しました。
  • 日本円金利指標に関する検討委員会によれば、複数のワーキンググループが円LIBORからの移行について議論を進めており、2019年後半には改革の大部分が実施される予定です。
  • しかし、ターム物参照金利の開発に必要なTonarを参照するデリバティブ市場の創設は2021年以降になるだろうとJP Morganは予想しています。

異なるアプローチを取る国・地域

カナダ:カナダ銀行間取引金利(CDOR)とカナダ翌日物レポ平均金利(Corra)

  • LIBORの不正操作問題を受けて、カナダドルLIBORは2013年に廃止されました。
  • カナダの主要な無担保金利であるカナダ銀行間取引金利は、カナダ系および外国銀行による共謀の疑いから、近年監視の目が厳しくなっています。
  • TD証券のストラテジストであるAndrew Kelvinは、変動利付金融商品の90%が1カ月または3カ月CDORを参照しているため、CDORが有力な参照ベンチマークとして存続し続けるとだろうと先月リポートに書いています。
  • カナダのベンチマーク改革は、以前から使われてきたカナダ翌日物レポ平均金利(Corra)の強化に焦点を当ててきました。カナダ代替参照金利ワーキンググループは、Corraの算出により多くの翌日物レポ取引を追加することを提案しており、これが採用された場合には2020年前半にも導入される可能性があります。

オーストラリア:バンクビルスワップレートとキャッシュレート

  • カナダドルと同様に、オーストラリアドルのLIBORも既に廃止されています。
  • オーストラリアの主要な指標金利であるバンクビルスワップレート(一般にBBSWと呼ばれる)もここ数年問題を抱えています。しかし、同国はその使用を継続する予定で、より実取引に基づくように算出方法を改定しました。
  • さらに当局は、世界的なLIBORフォールバック条項見直しの動きを生かして、BBSWを参照する契約のフォールバック条項を見直しました。キャッシュレートはオーストラリアのリスクフリーレートで、BBSWとのベーシスを調整した上で各種証券に広く使われる基準金利となっています。
  • さらに当局は、特に超短期の最も流動性が低いテナーについて、BBSWが契約に使われるベンチマークとして適切であるかどうか検討するよう市場参加者に求めています。
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