世界的エネルギー市場の大混乱、数年規模の天然ガス不足を招く恐れ

Read the English version published on April 7, 2022.

本稿はStephen Stapczynskiが執筆し、ブルームバーグ ターミナルに最初に掲載されました。

天然ガス市場の微妙な均衡状態が崩れつつある今、各国は十分な燃料確保に苦心し、世界経済にはさらなる負担がかかっています。

戦争、エネルギー転換、悪天候、需要の急増により、かつてないほど供給がひっ迫する激動の時代が到来しています。各国経済が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)から回復する中で世界的な電力不足が生じ、各国そして企業は十分なガスを確保しようと奮闘しています。

天然ガスは世界経済において鍵となる要素の1つで、工場を稼働し続け、明かりをともし、家を暖かく保つという重要な役割を果たします。天然ガスの価格高騰と供給不足は経済の混乱、インフレ促進、サプライチェーン停止を招く恐れがあり、現状が続いた場合には、限りある燃料供給を確保しようとする競争は悪化する一方でしょう。

ヒューストン大学ローセンター客員助教授、Susan L. Sakmar氏は「今日の市場はこれまで見てきた中で最も困難な状況にある」と述べています。「世界全体のエネルギー市場のパイが拡大する必要があります。世界的なリセッション(景気後退)が起こるか、新型コロナの拡大で都市封鎖が増えて経済成長が鈍化しない限り、世界の多くの地域がエネルギー不足に直面すると予想しています」と同氏は付け加えています。

この冬、パンデミック後に回復した需要が供給を上回り、世界はすでにガス不足のリスクに直面していました。需給ひっ迫は数年がかりで進行していました。これは、電力会社が石炭消費を抑え間欠的再生可能エネルギーを拡大する傍らで、2011年の福島原発事故を受けて原子炉を停止したため、各国がガスへの依存度を高めていたためです。一方で、供給側の増産は遅々として進みませんでした。

幸いにも、この冬は欧州およびアジアの一部では比較的温暖だったため、暖房用燃料の需要が抑えられ、電力会社は既存の備蓄でしのぐことができました。北京の吹雪やイギリスの熱波は記録的な価格変動や深刻な供給不足を引き起こす可能性があり、トレーダーの間では「穏やかな天候を祈ることが季節の風物詩になる」という冗談が交わされています。

そして今、ロシア・ウクライナ戦争はこのような脆弱(ぜいじゃく)な市場に予期せぬ壊滅的な打撃を与えています。

欧州がロシア産ガスの輸入をほぼ全面的に停止しようとしていることは、乏しい液化天然ガス(LNG)供給の確保を巡りアジアと真っ向から対立することを意味します。その一方で、急増する需要に対応する新規生産設備への投資は十分に行われていません。欧州連合(EU)は5日、ロシア産石炭の禁輸を提案したと発表しました。電力会社は発電のためにガスへの依存を高めざるを得ない可能性があり、市場にはさらなる重圧がかかります。

長期的には、 LNGの需給バランスが一段と悪化することが予想され、特にロシア産ガスが市場から排除されれば状況が深刻化する恐れがあるでしょう。クレディ・スイス・グループが先月発表したリポートによれば、今後5年ほどでLNGは世界的に年間約1億トン近い不足に陥る可能性があります。これは、世界最大のLNG輸入国である中国の年間需要量と同等またはそれ以上に匹敵します。

S&Pグローバル・レーティングのシニア・ディレクター、James Taverner氏は「ロシア・ウクライナ危機以前でさえ、世界のLNG市場では需給がひっ迫し、記録的な高値になっていました」と述べています。「市場ひっ迫は今後数年間は継続し、価格は日々乱高下を続けるでしょう」と付け加えています。

すでに、天然ガスのスポット価格は高騰しており東アジアを拠点とする世界有数の購入者たちは海外での追加購入による備蓄の補充をしないことを選択しています。その代わりに、今年の夏が穏やかな天候になるか、ロシア・ウクライナの和平交渉により天然ガス価格が下がることを期待している、と匿名を条件に詳細を明かしたトレーダーは語ります。

同トレーダーによれば、中国とインドのLNG輸入業者はスポット購入を大幅に減らした代わりに国内での供給を最大限に引き上げ、備蓄分のガスを消費しているとのことです。この戦略は経費節減にはつながりますが、想定外の事態が発生すれば機能しないという多大なリスクを伴い、このところの状況を見れば、これが奏功しているとは言えません。

ガス需要が突然急増したり、生産上の問題で契約分のガスが受け渡されなかったりした場合、アジアの大口需要家の一部は今年の夏か次の冬にはガス不足に陥る恐れがあります。そうなれば、再びスポット市場に戻って非常に高価なガスを輸入するか、自国の顧客へのガス供給を抑制せざるを得なくなるでしょう。

EUでもアジアで夏の気候が穏やかになることを期待していますが、これは、EU加盟国はLNGを現物で購入し備蓄義務を満たす必要があるためです。EUでは備蓄量を現在の約26%から11月までに80%に引き上げる目標を掲げています。ブルームバーグNEFの見立てでは、ロシアのパイプラインから安定的なガス供給があり、欧州のガス購入価格がアジアよりも高くなることで供給側が欧州への供給を増やせばこの目標は達成可能だとしています。

現在、ロシアは市場へのガス供給を続けており、欧州はそのガスに対する制裁を回避しています。しかし、制裁やロシア政府による一方的な措置でロシア産ガスの輸出が突然減少すれば大混乱が生じ、市場の需給バランスを保つために残された選択肢が需要破壊のみとなる事態に陥る可能性があります。ドイツ銀行の最高経営責任者(CEO)、Christian Sewing氏は、ロシア産ガスはドイツにとって非常に重要であり、直ちに輸入を停止すればリセッションの引き金になる可能性があるとみています。そうなれば、世界的にガスを買い占めようとする動きが強まり、価格は最高値を更新するとともに、多くの国が経済成長に必要な燃料を十分に確保できない状態に陥る可能性があります。

エネルギー歴史学者のDaniel Yergin氏は、現在進行中の世界的なエネルギー危機は1970年代のオイルショックよりも高いリスクをはらんでいると考えています。

同氏は「今回のエネルギー危機には石油のみならず天然ガスや石炭、そして核兵器保有大国である2つの国が絡んでいます」とブルームバーグ テレビジョンのインタビューで語っています。ガスの受け渡しに支障が出た場合、「産業が停止し、価格が上昇します。つまり、マクロ経済見通しを引き下げざるを得なくなるでしょう」と加えます。

南アジアや南米の資金難に陥っている新興国にとっては、政府が家庭への電力や暖房用燃料の供給抑制を強いられる可能性があり、状況は切迫しています。アルゼンチンは先月の入札で、5月から6月にかけて受け渡される8つのLNG契約に約7億5000万ドルを支払いました。これは2020年に同様の契約に支払った代金の約20倍に相当することから、電気代が急騰する恐れがあります。

パキスタンも苦境に立たされている国の1つで、政府は海外から燃料を輸入する財政的余裕がなくなり、代替案を探すのに苦労しています。現地報道によれば、パキスタンの発電所では燃料が不足し、政府に供給量を増やすよう要請しているとのことです。価格が高止まりする中、燃料不足はバングラデシュ、インド、タイに広がる恐れがあります。

クレディ・スイス・グループのエネルギー・アナリスト、Saul Kavonic氏は「欧州がLNG貨物を本来の目的地から奪い去ることで、アジアの一部でエネルギー貧困が生じる可能性があります」と指摘しています。

本稿は英文で発行された記事を翻訳したものです。英語の原文と翻訳内容に相違がある場合には原文が優先します。